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August 29, 2005

ワルキューレと靖国と

■ 八代英太氏の公認は見送りとなった。さくら殿のところのコメントでも書いた通り、八代氏に対する「情」と政治学者としての「理」の間で揺れ動いてしまった雪斎は、やはり「腰抜け」だったという他はない。
 過日の新聞記事に、「郵政民営化法案参議院否決の瞬間、小泉総理の頭の中では、ワーグナーの音楽が鳴り響いていたに違いない」と記されていたのを読んだ記憶があるけれども、そこで鳴り響いたワーグナーは、「ワルキューレの騎行」であろう。実際、此度の選挙は、小池大臣、猪口邦子教授、佐藤ゆかり氏、片山さつき氏といった「ワルキューレ」(戦乙女)を連ねた戦いなのであろう。楽劇「ワルキューレ」第2幕序奏では、「さあ、馬に鞍を置け、天翔ける戦乙女よ!」の音楽が出てくる。主神ヴォータンを小泉総理に擬えるならば、今の自民党の雰囲気そのままかもしれないとおもったりする。

 ところで、現時点で議論するのは気が早いけれども、小泉総理が今次総選挙の結果として政権を維持した場合、何が先ず行われるのであろうか、雪斎は、小泉総理は靖国神社参拝に踏み切るのではないかと思っている。丁度、秋季例大祭の時期が来ている頃であるから、選挙勝利の後ににやっても、誰も止められないはずである。下掲の原稿は、雑誌『VOICE』に掲載されているものである。雪斎は、総理の靖国参拝は春秋例大祭の折にすべきと唱えてきたので 小泉総理にはその通りにして頂きたいと思っている。
 そういえば、ワルキューレには、次のような説明がある。
 「鎧と羽根のついた兜で身を固め、槍(もしくは剣)と盾を持ち、翼の生えた馬(ペガサスなど)に乗る美しい戦乙女の姿で表される。主神オーディンの命を受け、天馬に乗って戦場を駆け、戦死した勇士たち(エインヘリャル)を天上の宮殿ヴァルハラへと迎え入れる。この勇士達は、ラグナロクでの戦いにそなえて、世の終わりまで武事に励むという」。
 小泉ヴォータン・オーディンは、ワルキューレを連ねた戦いの後に、靖国参拝ということであろうか。話が出来過ぎの気がする。

   □ 日中「ゼロ・サム・ゲーム」の下の靖国神社(仮題)

 我が国は、小泉純一郎(内閣総理大臣)の靖国参拝断念というカードを対中政策の文脈で切る段階を既に通り越している。靖国参拝の扱いに付された「賭金」が日中関係の文脈の中で余りにも高いものとなったが故に、この問題に絡む日中両国の摩擦は、一方にとっての「プラス」が他方にとっての「マイナス」であるという「ゼロ・サム・ゲーム」の様相を濃くしている。そうした「ゼロ・サム・ゲーム」状態の下では、我が国が日中関係の大局から靖国参拝断念という配慮を示したとしても、そのことは、自らにとっての一方的な「マイナス」を意味するものでしかない。本来、国際関係においては、一方にとっての「プラス」が他方にとっての「プラス」でもあるという「プラス・サム」関係の構築を目指さなければならないはずであるけれども、我が国は靖国参拝断念によってどのような具体的な「プラス」を手にできるのであろうか。靖国参拝を手控えるべきであるという意見からは、そうした「プラス」の何たるかが浮かび上がってこないのである。
 無論、「平穏な対中関係が保たれること自体が、日本にとっての『プラス』である」と唱える向きもあろう。しかし、対外関係の円滑な運営に際して、当事国の何れかの一方の「努力」や「配慮」だけが要請されるという考え方は、不可思議なものである。去る四月、中国各地で「反日」騒動が頻発し、日本在外公館や店舗が損壊された折、中国政府は、どのような「対日配慮」を示したのであろうか。そうした「対日配慮」が示されない一方で、我が国が重ね重ねの「対中配慮」が要請される様の奇妙さは、我が国内外の人々に広く知らされるべきであろう。
 しかも、現下の中国政府の対外姿勢は、日本に限らず他の国々にとっても、挑発的な色彩を強めている。たとえば、『フィナンシャル・タイムズ』(七月十五日付)によれば、朱成虎(少将、中国人民解放軍国防大学教授)は、「台湾海峡での武力紛争に米国が介入し中国領内の目標に攻撃を加えた場合には、中国は対米先制核使用に踏み切る用意がある」という趣旨の発言を行った。朱の発言に際して、ショーン・マコーマック(米国国務省報道官)は、「極めて無責任」(highly irresponsible)と断じた上で、「(朱の発言が)中国政府の見方を反映したものではないことを望む」と述べた。中国政府は朱発言を表立っては肯定しないであろう。けれども、朱発言それ自体が中国の対外的な好感度を下落させるものであるのは、間違いあるまい。古代中国の史書『漢書』には、「国家の大なるを恃み、民人の衆きを矜り、敵に威を見さんと欲する者、之を驕兵と謂う。兵が驕する者は滅ぶ」という記述があるけれども、現下の中国政府の対外姿勢には、そうした「驕兵」の色彩が露骨に表われているのである。靖国参拝の扱いは、既に対中関係の中の最も目立った論点になっている以上、これを議論する際には、中国の「驕兵」の論理にどのように相対するかということを含んだ視点を持つことが、要請されよう。
 この中国政府における「驕兵」の論理が是正されない限りは、靖国参拝断念を含む諸々の「対中配慮」は、何の留保もなく継続されるべきではない。我が国の無分別な「対中配慮」は、実際には中国政府の「驕兵」の論理を温存するだけの効果しか持たないであろう。それは、国際社会に対しては誠に無責任な振る舞いなのではなかろうか。もっとも、中国政府の対日姿勢がどれだけ苛立たしさを覚えさせるものであったとしても、我が国のほうから敵対的、挑発的な対中姿勢を示さなければならない理由は何もない。我が国は、日中関係の外で現下の日中摩擦を観察する人々に対して、「どっちもどっち」という印象を与える振る舞いを避けるべきであろう。その意味では、筆者は、小泉の靖国参拝が八月十五日に行われるべきだという意見には与しない。たとえば八月十五日であれ九月二日であれ、日中間系の「過去の記憶」と密接に結び付いた日付を殊更に選んで参拝することは、靖国参拝それ自体に無用な「政治性」を帯びさせることになる。もし、八月十五日参拝を期待する意見の中に、特に中韓両国に対する鬱積した感情を晴らしたいという想いが反映されているとすれば、それは危険なことである。そうした「政治性」は、「追悼と感謝」という靖国参拝の趣旨からすれば明らかに邪魔なものである。靖国神社参拝は、春秋例大祭の折に粛々と行われるべきものなのである。
  『VOICE』(2005年9月号)掲載

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「国内政治」カテゴリの記事

Comments

今日の日経朝刊2面に、中国人民大の時殷弘氏の話として、靖国問題が解決したとしても、日中関係の壊れた部分が95%から85%に軽減されるだけだという話がありました。
つまり日本側が靖国参拝を取りやめても、解決されるのは靖国問題だけで、他の問題に影響はないということを、中国側も認めてることになりますね。
中国側としては、日中間の懸案は日本側の一方的な譲歩によってのみ解決されるのであって、自分が譲歩するつもりはないということなんでしょう。
結局中国側は日中関係をゼロサムゲームとして捉えているので、日本側もそれにつきあうしかないのでしょう。この危険なチキンゲームの行き先がどうなるかは分かりませんが。

Posted by: Baatarism | August 29, 2005 at 12:57 PM

選挙後なら、ブッシュの参拝実現で、中韓の主張は論拠を失うと思うのですが。

Posted by: yazaemon | August 29, 2005 at 01:46 PM

>ブッシュの参拝

!!!

考えたこともなかったコンセプト。
っていうかメチャメチャ面白いですね。

なんかソースあるんでしょうか?

靖国問題を日本海と東シナ海を挟んだ問題から、
米英日同盟を発動するマターにスライドさせたら、
そりゃもうその時点で「戦後」は終わり、
この問題は消滅。

日本はWWⅡの敗者としてではなく、
WWⅢ(冷戦)後の新秩序における「勝者」として
振舞う戦略にシフトできますね。

いずれにせよ、WWⅢ(冷戦)は東アジアにおいて
終わり切ってないのですから、日本としてはこの戦い
に勝利をおさめることが肝要。

ふたたび「戦勝国民」となったなら、WWⅠ後の如く
堂々と常任理事国入りすればいいのです。
靖国は「戦勝国民」の追悼施設になるわけですから、
どう参拝しようと非難されるいわれはない。

ライスー町村会談なんかが靖国参拝とセットで行われ
たなら、半島の人々はどう反応するんでしょうか。

Posted by: 雪風 | August 29, 2005 at 04:22 PM

上記は無論のこと「御伽話」として(^^)

ただし、日本外交のバリエーションに
そういう創造性が加わったら、かなりおもしろいのは
いうまではありません。

靖国参拝に政治性を排除し、厳粛な宗教行為として
粛々と行うという雪斎先生の提示されたテーゼとは、
対極にある考えではあります。

しかし「政治性の排除」であれ「究極の政治性の追求」
であれ、中韓が戦域として指定した「問題の次元」
をスライドさせ、独自に創造的な戦略オプションを
繰り出すことは、非常に楽しい作業のひとつではあります。

少なくとも知的遊戯の一環としては。

Posted by: 雪風 | August 29, 2005 at 04:36 PM

それで、月曜日の党首討論会はいかがだったのでしょうか?ご覧になっていましたら、ぜひ感想をお聞かせください。小職野暮用で観戦できませんでした。

・・・しかし、色のついていない報道番組が・・・欲しい。

Posted by: 小規模投資家@含み損拡大 | August 30, 2005 at 12:12 AM

ふふ、ワルキューレとは雪斎さんらしい。
でも立候補した彼女達は死者の魂(=造反落選者)を拾ってくれるほど慈悲深くは無いでしょう。あ、勇者じゃないから仕方ないのか。

靖国参拝は、自分のblogでは以前に書いていますが私は慎重派です。ただ文句をつける中国の非はそれ以上に大きいのが悩ましいところで、日本国内でも靖国反対派で声の大きい連中にろくなのがいないせいで、合理主義者の居所が政界に無いのが実情では。
中長期的には、日本人自らが戦争責任の真の所在を明確にする事で決着する問題だとの主張があり、私もそれに賛成です。最近は陸軍悪玉、海軍善玉の古典的な説にも反論が加えられつつある向きもあり、時間はかかるでしょうが成熟した認識が広がるかもしれませんね。

Posted by: カワセミ | August 30, 2005 at 12:16 AM

今回のエントリーはちょっと悩んでます。靖国参拝の是非ではなくて(笑)

1行紹介にあるロマンチストとリアリスト。その配分の見当がつかない。恥を承知でかきますが、とくに解散前後の記事はロマンチスト色がかなり勝っていると感じてます。

Posted by: hsd | August 30, 2005 at 05:39 AM

はじめまして。

「ブッシュの参拝」はスタンフォード大学フーバー研究所フェローの片岡鉄哉氏の予想です。ソースはこちら。

http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/170727.htm
(下の方にあります。)

片岡氏はついでに胡錦濤も参拝に誘っちゃえ、といっています。

Posted by: JB's | August 30, 2005 at 01:28 PM

すっかり悪くなったさくらです(笑)

総理は昨日の党首討論で、「靖国に行かなければ、中国や韓国との二国間関係がよくなると私は思っていない」とおっしゃいました。「私のこれまでの実績をみてくれれば、どういう行動をとるかわかってもらえんじゃないか」という言葉を、近隣諸国も考えないといけません。解散と同じで、譲歩しないんだからそっちも対応を考えておきなさいというメッセージだと思うのですが

Posted by: さくら | August 30, 2005 at 08:56 PM

 みなさん。ありがとうございます。
 とりあえず、二、三のコメントです。
・baatarism殿
中国の「譲歩」が問題ですな。
・hsd殿
 そうでしょう。こういうエキサイティングな場では、ロマンティストになるのですよ。今、ロマンティストにならないで、何時なるんだという気分です。
・yazaemon殿 雪風殿 JBS殿
ブッシュ参拝は、ちょっとなあ…と思います
・カワセミ殿
中国の扱いの難しさが問題ですね。
・さくら殿
拙者は「悪女」が好きなので…(笑)。
小泉総理には、次は秋季例大祭の折の参拝を決行して貰いたいと思います。

Posted by: 雪斎 | August 30, 2005 at 09:50 PM

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