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August 03, 2005

「真田太平記」

■ 一昨日、NHK水曜時代劇の枠で一九八五年から一九八六年にかけて放送されていた『真田太平記』(原作/池波正太郎、脚本/金子成人、音楽/林光、演出/大原誠)のDVD‐BOX第一集が届く。配役は、真田信之/渡瀬恒彦、真田幸村/草刈正雄、真田昌幸/丹波哲郎、小松殿/紺野美沙子、山手殿/小山明子、樋口角兵衛/榎木孝明、お江/遥くらら、壷谷又五郎/夏八木勲、向井佐助/中村橋之助、徳川家康/中村梅之助、徳川秀忠/中村梅雀といった布陣だった。思わず第16話までを一気に観る。雪斎は、この作品のDVD発売を待望していたのである。

 真田信之・真田幸村兄弟の物語でいえば、長らく日本人の共感を集めてきたのは、講談『真田十勇士』の物語とそれの中心にあった真田幸村の活躍である。徳川家康という「体制」に損得抜きで刃向かった幸村の姿は、「判官贔屓」性向を持つ日本人の心の琴線に触れるものであったろう。
 現在、「反米」論を打ち上げる人々の中には、雪斎を含む「対米提携論者」を「米国のポチ」などと呼んで罵倒する向きがある。こうした人々にとっては、信之の歩みは、「徳川のポチ」そのものであろう。実際、丹波哲郎さん演ずる真田昌幸(信之・幸村兄弟の父親。ゲーム・ソフト『信長の野望』シリーズでは、能力が矢鱈に高く設定されている)は、「機あらば、大阪城ですら乗っ取ってみせる」とぶち上げたほどの豪傑であるけれども、そうした豪傑の眼からは、万事、慎重を旨とする信之のスタイルは、「小心翼々」としたものに映る。それが、信之と昌幸・幸村とが後に袂を分かつことにつながっていく。
 しかし、真田の家を明治まで存続させたのは、信之の判断の故である。雪斎は、信之と昌幸・幸村の対比は、家の存続を第一と考えたリアリストと「武士としてのあるべき姿」を追い求めたアイディアリストの対比なのであろうと思う。信之は、関ヶ原の後は「反逆者の親族」という視線を向けられながら徳川の世を生き抜いてきたのである。雪斎は、リアリストの生き方は、「アンチ・ヒロイズム」なのであろうと思う。そして、それは、誠に難儀なものなである。
 『真田太平記』は、日本の時代劇の傑作である。考えて見れば、1980年代後半、NHKが制作した時代劇は、『独眼竜政宗』、『武田信玄』、『太平記』といったように傑作揃いである。このことは、「バブルの時期」に制作されたという事情と何か関連があるのであろうか。
 『真田太平記』は、登場する女優陣が魅力的な作品だった。中でも、紺野美沙子さん演じる信之の妻、小松殿には、かなり強い印象を受けた。史実では、小松殿という女性は、かなりの女傑であったようである。因みに、最近読んだ本多静六著『人生計画の立て方』という書に拠れば、男の立場からは妻を選ぶ基準は、「血統純潔、身体強健、頭脳明晰」だそうである。「妻を娶らば、才長けて…」の言葉は本当なのであろうと思う。加えて、遥くららさんが演じた「草の者」、お江は、「草の者」として活動する際の峻厳な表情と幸村の「想い人」として振る舞っている際の愛らしい表情が誠に対照的であり、その対照が魅力的であった。そういえば、遥くららさんも、宝塚出身の女優であった。
 若き日に観たテレビ・ドラマに、ある程度の時間が経った跡で触れることは、実に楽しい。それは、昔日の自分がどのように価値観を築いたかを確認することでもある。おそらくは、渡瀬恒彦さんが演じた信之の姿は、雪斎が「リアリズムとは何か」を考える下地を作ってくれたと思う。

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Comments

>最近読んだ本多静六著『人生計画の立て方』という書

この本に目が行くあたりがさすが
将来のお金持ち雪斎先生であります。

>男の立場からは妻を選ぶ基準は、「血統純潔、身体強健、頭脳明晰」

NEETにはNEETなりの考えがありまして、
まず人格を重視します。血統がどうの
こうのいえる血筋ではありませんけど、
σ(^_^;にとって面白い程度の話が
できる程度の頭脳の明晰さは大事です。
って、現時点でどうこうよりも将来に
渡って勉強をし続ける姿勢があるかどうかを
重く見ます。

Posted by: おおみや%NEET | August 03, 2005 at 08:51 PM

雪斎様が「真田太平記」ファンでいらっしゃったとはこの上ない喜びです。私もやはり同じくこの作品で真田に目覚めた大ファンで、特にお江と幸村のラブロマンスからはまった筈が豆州こと伊豆守信之殿に最も惹かれ、今や心の師と仰いでいます。上田も松代も一人旅をして一族を偲んだこともあります。
そういえば信之の立場は今の小泉政権の在り方に通ずると今回のエントリーで遅まきながら気付かせて頂きました。
日米同盟が徳川との姻威関係なわけですね。確かにとても共感できます。
といいますか、だから自分は小泉総理の舵取りの手法に違和感なく向き合えるのかも知れないと思い当たりました。
DVDの初回版は特製ブックレット付きだそうで…垂涎の的です(笑)。
又五郎様も良いですよね。ドラマをご覧の後はあの独特の台詞回しが離れないのでは?

Posted by: かずら | August 03, 2005 at 09:03 PM

雪斎先生が「ポチ」ですか。ポチというのはおっかない人の別称になってしまうのでは。失敬ではありますが、アメリカの悪口を書く方がネタも多いし、分析の必要も少ない気がいたします。

昌幸・幸村(IMEで一発変換できない!)は講談などで「神格化」されてしまって反徳川の象徴にされてしまった感があります。幸村はよくわからないのですが、昌幸は信之とあまり変わらないタイプの武将というイメージがあります。

コーエーのゲームは、シミュレーションというよりエンターテイメントという感じで『信長の野望』はまだマシだと思います。『提督の決断』なんてひどくて日本が簡単に勝ってしまう。『太平洋の嵐』はリアリティがまだありましたが、戦略というよりほとんどロジスティックスばかりやっている感じで、しかもリセットばかりしていた記憶があります。『提督の決断』のよいところはアメリカ側でプレーできてF6Fが本当にありがたい(英霊には申し訳ない限りですが、零戦をほとんど無力化できてしまう)。おまけに潜水艦の性能が優秀で量産が容易とくるとたまらないです(当然、輸送船をバンバン沈めて兵糧攻め)。ただ、優秀すぎて委任していたら大和・武蔵を撃沈してしまったので慌ててリセットして委任を解いて機動部隊を派遣した記憶があります。武士の情けでござる。

いったい何の話なんでしょう。ああそうだ、3万もするDVD・BOXをポーンと買って楽しめる雪斎先生が羨ましいということを囲うとしていたのでした。Amazonでの売り上げランキングが955位でやっぱり日本は豊かだなあとしみじみ。じっと手を見る。

Posted by: Hache | August 04, 2005 at 12:35 AM

ポチという言葉をそういう文脈で使うというのは本当に不愉快ですね。特に、同盟関係にそういう言葉を用いるのは悪趣味だし、無教養、不適切としか言いようがありません。
私が承知しているところでは、「ポチ」の語源はフランス語の「petite」から来ていると思います。開国・幕末の時期に、日本に在留したフランス人が飼っていた小さい犬のことをフランス人が「プチ …」(可愛い、小さい奴?)と呼んでいたことから転用されて、その後日本人が小犬に「ポチ」という名前を付けたことが始まりだとか。まあ「petite bourgeoisie」の「petite」です。
現在のように、日米同盟を形容する比喩に転用したのは、小林よしのりさんか西部邁さんでしょうけど、趣味が悪すぎますね。

Posted by: さぬきうどん | August 04, 2005 at 05:36 AM

・おおみやどの
本多博士のことは知らなかったのですが、「学者は清貧に甘んじる」という常識を覆した人物だったようです。見習いたいと思います。
・Hacheどの
ご指摘のゲームは、大体、やっていました。コーエーのゲームは、結局、『信長』なのだと思います。
・さぬきうどんどの
ご教示、ありがとうございます。
「ポチ」というのは、今では「罵倒」の意味合いが篭った言葉になってしまいましt。残念です。
・かずらどの
DVDで見返していますが、一人一人の配役が無駄になっていないという点では、、たいしたドラマだと思います。
拙者は、石橋蓮司さん演じる忍者、猫田与助にも強い印象を受けたものです。

Posted by: 雪斎 | August 04, 2005 at 09:11 AM

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