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July 28, 2005

「梅棹学説」からの「六ヵ国協議」解釈

■ 昨日、東京都心の気温は35度を越えた。雪斎は、朝から完全な「夏眠モード」に入る。「身の危険」を感じたので、午前中に予定した出版社編集者との面談を急遽、「呉儀る」ことに相成った。編集者T女史には誠に申し訳ないことをしたものである。日中は、「くたびれた動物園の猿」の状態であった。ぐっち殿によると、「東京の夏は、ケニア人もびっくり」だそうである。「ホント、どうしょうもねぇな…」と思う。昨日午後11時過ぎから涼気が漂ってきたので、ようやく正気に戻ったようである。

■ 「六ヵ国協議」では、「日米 vs 中露韓朝」という図式が鮮明になっている。「核・ミサイル・拉致を包括的に解決する」という日本政府の立場の表明には、米国は同情的であったけれども、中露韓朝四ヵ国は冷淡であった。

 梅棹忠夫先生の著書『文明の生態史観』では、次のような模式図が紹介されている。
 梅棹学説に従えば、文明の型からすれば、日本と「西北ヨーロッパは、「第一地域」として高い親和性を持っている。梅棹先生は、次のように書いている。
 「西北ヨーロッパの文明と日本の文明は、歴史的に比較するといろいろな点で共通性を持っています。どちらも古代においては、ローマ帝国および秦・漢・唐の帝国という巨大帝国の周辺に位置する蛮族の国であります。中世においては、世界の諸地域の中で、この二つだけが、軍事封建制という特異なものを発展させた。そしてその中から絶対王政を経て、近代社会が生れ出てきたのである。…例えば、宗教改革、中世における民衆宗教の成立、都市住民の出現、ギルドの形成、自由都市連合の発達、海上貿易、農民戦争などの事がらが、日本でも西ヨーロッパでも見られる」。
 そして、米国や豪州もまた、「西北ヨーロッパ」文明の移植地である限り、「第一地域」に位置付けられる。雪斎は、かんべえ殿とともに、「日米英『浪速節』仮説」を唱えているけれども、この仮説は、梅棹学説からはかなり根拠があると思っている。これに対して、中国とロシアは「第二地域」であり、朝鮮半島も「第二地域」である。
日本にとっては、「第一地域」である「西北ヨーロッパ」諸国との提携は、「第二地域」である中国や朝鮮半島との提携よりも、はるかに自然なものなのである。そもそも、「アジア主義」なるものは、幻想と錯覚の産物なのである。
 因みに、サミュエル・ハンティントンが示した「儒教・イスラム・コネクション」は、梅棹図式における「Ⅰ・Ⅳ提携」と見ることができる。韓国紙『中央日報』は、輸出禁止の核兵器用物質「韓国企業がイランに販売」という見出しで、韓国企業のイラン核開発への関与を伝えたけれども、こういう記事それ自体は、米国には「Ⅰ・Ⅳ提携」のいかがわしさを感じさせるものであろう。「第二地域における『Ⅰ・Ⅳ』提携が、第一地域の安全保障を脅かしている」という構図が、鮮やかに浮上しているのではないか。
 雪斎は、「六ヵ国協議」での具体的な成果は、「核」に関してのみ挙がるのであろうと思っている。会議冒頭での「核・ミサイル・拉致を包括的に解決する」という日本政府の立場の表明は、日本にとっての「友」は、「第一地域」たる米国であって、「第二地域」たる中露韓朝ではないという現実を焙りだした点で、十分な役割を果たしたのではのではないか。北朝鮮の「核」が解決しても、「第一地域」である日米と「第二地域」である中露韓朝との溝が埋まることはない。その溝は、今後も、中国の対チベット政策、北朝鮮の邦人拉致のように「人権」に関して絶えず蒸し返されることになるであろう。だからこそ、「六ヵ国協議」では、「あまり多くをし過ぎない」構えが大事である。此度に関しては、「『核』に集中しなければならない」というのが、雪斎の判断である。

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「国際情勢」カテゴリの記事

Comments

拉致問題が悩ましいのは、もはや日本側が北朝鮮側の言葉を信用できなくなってしまっていることでしょうね。
例え北朝鮮が今生存している拉致被害者を全員帰して、それ以外の人はもう亡くなったと説明したとしても、日本側は「本当に亡くなったのか」「まだ公表されていない被害者がいるのではないか」という疑いを持ってしまうので、問題解決にはなりません。
ということは、北朝鮮は「拉致問題はもはや解決不可能な問題である」と考え、これ以上日本側の要求に取り合わないのが合理的だと判断するでしょう。
今、拉致問題が膠着している理由には、このようなこともあるのではないでしょうか?

Posted by: Baatarism | July 28, 2005 at 11:00 AM

連続コメントですいません。
梅棹学説ですが、この学説を援用して、韓国や中国は近代思想と相容れない地域であると主張する人が、保守派にはいるように思います。
「第一地域」で生まれた近代思想は「第二地域」でも受け入れられる普遍的なものなのか、それとも「第一地域」に特殊なものなのか、どちらの考え方を選ぶかで、梅棹学説の捉え方が違ってくると思います。

Posted by: Baatarism | July 28, 2005 at 11:48 AM

デザイン、涼やかになりましたね。ひょっとして季節ごとに変わるとか?ただ以前のも謹厳、手堅い感じでよく似合っていたとは思います。

この件、少し前の記事ですがやや関連するものをトラックバックさせていただきました。私は前近代で自然・地理的条件から日本と西欧の環境が類似し、西欧との接触による近代のスタート時には社会構造の差が比較的少なかったものと考えています。それを構成の人々は文化と呼んでいるのかもしれません。伊藤博文が訪欧の際、感嘆する他の人々を尻目に「これならせいぜい一世代くらいの差だ、充分追いつける」と判断したというのは見事だと思います。

また、西欧はローマ帝国というよりイスラム王朝の周辺として近代をスタートしたのでしょうね。イスラムと中国の当時の勢威とその後の経緯も、若干似たものを感じます。

Posted by: カワセミ | July 28, 2005 at 08:17 PM

逆に、アメリカとチャイナ王朝の帝国運営の類似点というものも無視できないのではないか?と思います。両国ともに独特のイデオロギーを掲げる国で、自国に特別の道義的特権がある(ので手段の面での逸脱はそれなりに許される)かのように振舞うというところは似ているのではないか、と思うのです。

Posted by: ムシメ | July 28, 2005 at 11:20 PM

初めまして。最近、中国や韓国の実態が見えてくるに従い、昔読んだ梅棹史観を見直すようになりました。日本人の国民性は、中国人・韓国人よりも西欧人に近いと思います。主な特徴を三つ挙げるなら、客観性、自然への愛情、そして物作りの伝統です。福沢諭吉が述べた通り、中韓朝とはできるだけ関わらない方が良いと思います。

Posted by: masa | July 29, 2005 at 03:21 AM

雪斎さん

デザインが変わっても、マキャベリの画像が残っていて安心しました。あの顔と雪斎さんのお顔がだぶっていて、画像をみるたびに雪斎さんに会った気がしますので(笑)。

『文明の生態史観』は名著ですよね。梅棹氏の論は、この本に限らず、ちょっと大胆過ぎるところもある気もしますが、それもまた魅力のうちですし、学問として耐えうる形で独自の歴史・文明論を書ける日本人はなかなかいないと思います(川勝平太氏や岡田英弘氏もそうですね)。

私は日本の近代化については、中世あるいは近世からの遺産を受け継いだ「連続」と明治・戦後の急激な近代化政策による後進性の克服という「断絶」の両面を見るのが重要なのではないかと思ってます。梅棹や原勝郎は前者を強調する一方、丸山真男、川島武宜、大塚久雄らは後者を重視します。例えば同じ日本の封建制をとっても、前者後者の評価は大きく異なります。どちらが正しいとか間違っているという問題ではなく、ともに見逃すべきでない現実の一面を突いているのだと思います。

北朝鮮と近代化について、ちょうど私も雑文を書いていたのですが、大体言いたいことを雪斎さんに言われてしまいました(笑)。時期外れになりそうですが、そのうち出そうと思います。

以下、横レス失礼します。いつも話す方たちがいつも話すようなお話をしていらっしゃって、自分のスペースと見まごうような・・・(笑)。雪斎さん、場所をとってしまってすみません。

>Baatarismさん
以前この件でお話したときに言い忘れましたが、ちょっと古い本ですけど、田中明彦の『新しい中世』がご関心とかなり通じるところがあると思います(おそらく既にご存知かとは思いますが、念のためご参考に)。

>カワセミさん
ピレンヌ・テーゼを思い出します。いずれにしてもローマ=地中海文明の克服がヨーロッパ中世世界の始まりだったわけですよね。

Posted by: やじゅん | July 29, 2005 at 11:50 AM

>やじゅんさん
ご紹介ありがとうございます。
そのような本があることは知っていたのですが、まだ読んでいません。今度、探してみたいと思います。

僕の2番目のコメントには、やじゅんさんのところで行った議論で気づいた点も入っています。あのときはありがとうございました。

Posted by: Baatarism | July 29, 2005 at 01:34 PM

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