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July 07, 2005

かたくなまでの ひとすじの道

■、一昨日、郵政民営化法案が五票の僅差で衆議院を通過した。メディアは、「攻防の舞台が参議院に移ったと伝えているけれども、物事の趨勢は変らない。「法案は参議院でも僅差で可決、成立」という具合で落着するのではなかろうか。雪斎は、ふと小椋佳さんの『愛しき日々』を思い起こす。

  『愛しき日々』(作詞/小椋佳作詞)

風の流れの 激しさに 告げる思いも ゆれ惑う
かたくなまでの 一筋の道 
愚か者と笑いますか
もう少し 時がゆるやかであったなら…

雲の切れ間に 輝いて 空しき願い また浮かぶ
ひたすら夜を 飛ぶ流れ星
急ぐ命を 笑いますか
もう少し 時がやさしさを投げたなら…

愛しき日々の はかなさは
消え残る夢 青春の影

きまじめすぎた まっすぐな愛
不器用者と 笑いますか
もう少し 時が たおやかに過ぎたなら…

愛しき日々は ほろ苦く
一人夕日に 浮かべる涙 

愛しき日々の はかなさは
消え残る夢 青春の影

 『愛しき日々』をテーマ・ソングとして使った日本テレビ系の年末時代劇『白虎隊』は、幕末・会津藩の悲劇を扱った作品であった。このドラマの視聴率は、福島県内では90パーセント近くに達していたらしい。雪斎は、郵政事業であろうと「非国有化」の大きな流れには逆らえないと思っている。電信電話、鉄道から始まった「非国有化」の流れの中で、郵政だけが例外であることの積極的な意義は、いまだ説明されていないのである。けれども、そうした事情は、幕末から明治へという時代の流れに抗し切れなかった会津藩の軌跡と重なる。紛れもなく、「風の流れの 激しさに 告げる思いも ゆれ惑う…/もう少し 時がゆるやかであったなら…」なのであろう。
 そういえば、郵政民営化「反対派」の急先鋒である荒井広幸氏も福島県人だった。荒井氏には、『拝啓 小泉純一郎様 あなたは間違っている』(麻布出版)という著書があり、雪斎の手元にある。永田町時代の雪斎が荒井氏から贈呈されたものである。1996年刊行の同書は、「拝啓小泉純一郎様、あなたは『かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂』という吉田松陰の歌を引用しながら、心の内を表しました」という書き出しで始まる。河野洋平総裁不出馬の後を受けて行われた前年の総裁選挙では、小泉純一郎氏は橋本龍太郎氏に挑み完敗を喫したけれども、その折に小泉支持に奔走した若手議員の一人が荒井氏だったのである。「郵政民営化は実際には夢想の類」と思われた頃ですら、その郵政民営化を唱えた小泉氏には、荒井氏は真正面からの反論を加えた。前のエントリーでは、雪斎は、「(反対派は)『俺たち、これだけ必死に抵抗したよな…』というエクスキューズをするために抵抗しているのではないかと踏んでいる」と書いたけれども、そのことは、荒井氏には間違いなく当てはまらないのであろう。荒井氏は、おそらくは会津戦争の後に函館・五稜郭にまで転戦して散った土方歳三のように、参議院本会議の場で「最後の抵抗」を行うのであろう。郵政民営化を断行する小泉総理も、それに抵抗する荒井氏も、それぞれの「かたくなまでの 一筋の道」を歩いてきた。雪斎は、小泉改革の路線には一貫して賛意を示してきたけれども、荒井氏にの「一徹ぶり」にも共感を覚える。


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Comments

郵便局員のご両親を持つ荒井先生の心情はわかりますが、彼はいま参院議員なので解散は関係ないし、大々的に郵政民営化に反対しながらも地位は安泰という、一番痛みを感じない人のひとりなのではと思っています。

一昨年の衆院選で落選したのも、彼にとってはある意味幸運だったのかもしれません。人生、何がどう幸いするかわからないと思わされます

Posted by: さくら | July 07, 2005 at 10:42 AM

別の雪斎節ですね。このような「詩」は雪斎先生の冷徹な分析以上に好きかもしれません。理念の対立にはその次元では妥協の余地は少ない場合が多いけれども、対立する相手の立場を共感はしなくても、理解することは大切だと思います。政治的解決は妥協の産物であるのはやむをえないけれども、理念の対立は足して二で割るのは難しいと思います。

それにしても、このような詩を書ける方は御高齢の方にしか見当たらないのですが、雪斎先生はお若いのに古武士のような方だなあと思います。

Posted by: Hache | July 07, 2005 at 04:22 PM

>別の雪斎節ですね。
う~ん、鋭い切り口ですね。
私も浪花節は嫌いではありません。
しかし政治だけがそのような贅沢に浸っていてよいものか、大いに疑問に感じます。
滅私奉公に励み、現預金を溜め込んだ会社に、ある日株主が乗り込んできて曰く、
「株主の権利を阻害しているのではないか?余剰資金を株主に還元せよ!!」

かつて日本は、経済一流政治二流といわれていた時期がありました。バブル崩壊を経験し、経済二流、政治三流と称された時期もあったと思います。経済が苦難の道を越え最悪期を脱し、一流の位置を再度目指しつつある中、政治だけが三流の位置にとどまることを許していてよいのでしょうか?

経済学では、株主の委託を受けて経営に当たる経営者はエージェントと呼ばれます。委託により与えれた権限を越えて、エージェントが自己の利得に走ることを如何に抑えるのか、これは財務と制度設計者にとって大きな課題です。
自己の政治信条などという美名を許すなど、政治家に対して甘すぎはしませんか?

某先生が郵政民営化に反対する。なぜなら有権者の意思だからだ。それはそれで納得のいく話です。私の利害とは反するだけのことです。
政治に情念を持ち込むなど、児戯に等しい所為との指弾こそ有益なものではないかと愚考します。

Posted by: 小規模投資家 | July 07, 2005 at 11:08 PM

 故渡辺美智雄先生の名セリフ(とσ(^_^;は思っている)に
「政治とは、八割が理であり、二割が情である」
という趣旨のものがあったと記憶してます。
 確かに、ほとんど全ての政治的決断は、今までの積み
上げを基礎に理性・知性を働かせればできるもので
しょう。しかし、政治というのは人間がするものであり、
その人間の行動原理の一部に「情」がかかわってくることは
否みようもありません。となると、国を誤らない程度に
「情」が政治にかかわる余地は残しておいた方がいい
のかもです。

Posted by: おおみや%NEET | July 07, 2005 at 11:21 PM

・さくら殿
実際には、そうでしょうが、「何をやっても地位は安泰」という安心感だけでは割り切れぬものはあるとも思います。
・hache殿
自分では詩作はしませんが、詩心は大事だと思います。
・小規模投資家殿
・おおみや殿
結局、「情」と「理」のバランスなのだと思います。ただし、少しの「情」が身の破滅を招くかもしれませんが…。

Posted by: 雪斎 | July 10, 2005 at 10:30 AM

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