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June 15, 2005

チャールズ・ジェンキンス氏の帰郷

■ 拉致被害者、曽我ひとみさんの夫君、チャールズ・ジェンキンス氏が実に四十年ぶりの帰郷を果たすべく、日本を発った。日本経済新聞「首相動静」欄は、小泉純一郎総理のコメントを伝えている。
【NQN】小泉純一郎首相は14日夕、北朝鮮による拉致被害者の曽我ひとみさんが夫の元米兵ジェンキンス氏と長女、二女とともに同日訪米し、ジェンキンス氏の実家を訪れることについて、「良かったですね。できるだけ早く、(同氏の)お母さんが元気なうちにね、会うことができるようになって本当良かったと思います」と感想を述べた。
 さらに、「アメリカ政府も十分配慮していただいてね、家族の気持ちを理解してくれて会えるように取り計らってくれて感謝してます」と米政府に謝意を表明。続けて「ジェンキンスさん一家もね、できるだけ自分たちの力で会いに行きたいという気持ちが通じたんでしょう。多くの方の支援とジェンキンスさんご一家の思いが通じてね、良かったと思います」と重ねて祝福した。

 雪斎は、小泉総理のコメントを眼にしながら、「ブッシュ・コイズミ同盟がなかりせば、こうはならなかった」と率直に思う。ジェンキンス氏にとっての四十年の歳月の意味を推し測ることなどできるはずもないけれども、雪斎は、島崎藤村作詩の「椰子の実」に触れてみれば、ジェンキンス氏の「帰郷」を実現できたのは、政治上の「成果」であったと思っている。

名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ
故郷の岸を 離れて
汝はそも 波に幾月
旧の木は 生いや茂れる
枝はなお 影をやなせる
われもまた 渚を枕
孤身(の 浮寝の旅ぞ
実をとりて 胸にあつれば
新なり 流離)の憂
海の日の 沈むを見れば
激り落つ 異郷)の涙
思いやる 八重の汐々
いずれの日にか 国に帰らん

 雪斎は、北朝鮮拉致被害者家族の「運動」とは関わりを持っていないし、対朝即時経済制裁を求める声には一貫して批判的な態度を採ってきたので、拉致被害者家族やその周辺の人々にとっては、「受けの悪い知識人」の一人であろう。実は、『日本経済新聞』「首相動静」欄は、「(小泉総理は)…首相官邸で記者団に対し、北朝鮮による日本人拉致問題がこう着する中、北朝鮮への経済制裁を求める声が強まっている状況について、『これは相手もあることで。日本だけでできることとできないことあるもんで。そこら辺は全体の状況見ないと難しい』と苦渋の表情を浮かべた」と報じている。雪斎は、小泉総理の置かれた立場の難しさを慮る。
 ところで、〈Home,sweet Home〉(「埴生の宿」の原詞)の第二節は、次のようになっている。「椰子の実」の歌詞に重ね合わせると興味深い。

An exile from home,
Splendor dazzles in vain,
Oh, give me my lowly
Thatched cottage again;
The birds singing gaily,
That came at my call:
Give me them and that
Peace of mind, dearer than all.
Home, home, sweet sweet home,
There's no place like home,
There's no place like home.

 日本と英国、米国における「浪花節の世界」の共有仮説はl、「故郷」にも表れているかなと強引に思ったりする。ジェンキンス氏の「帰郷」が、米国国内では、どのように受け止められるか。拉致問題に絡む国際世論の動向を占う上では、かなり大事なプロセスになりそうである。

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「国際情勢」カテゴリの記事

Comments

ハンセン病で小泉総理が控訴断念を決意したとき、政治というのは人間がやるものだと実感いたしました。ジェンキンスさんの帰郷にも同じ人間味を感じます。

「浪花節仮説」に共感しないのは、私自身が浪花節がわからないからでしょう。演歌の歌詞を聞いていると、「そんな男(女)なんてさっさと別れりゃいいのに」と感じてしまう。たぶん感じていること自体は同じなのだから、浪花節でもなんでもよいのですが、意地っ張りな私はやはり人間らしさを重視してしまいます。カエサルは、典型的な人間らしい英雄だけど、浪花節というとちょっとピンとこないじゃないですか。

ここで突然、次元が落ちるのですが、浜崎あゆみの歌を聴いたとき、演歌そのものじゃんと笑いが止まりませんでした。浪花節も人間性の表現の一つとして普遍性があるのでしょうか。

Posted by: Hache | June 15, 2005 at 02:43 AM

・hache殿
浜崎あゆみ…ですか。
これは確認してみます。
ありがとうございます。

Posted by: 雪斎 | June 15, 2005 at 10:22 PM

僕は曽我ひとみさんがジェンキンス氏を日本に連れ帰った理由として、彼を母親と再会させてあげたかったと語ったとき、じんと来てしまいました。
曽我ひとみさんがあれほどつらい経験をしたのに、あれほどの強さと優しさを兼ね備えたのはすごいことだと思います。ジェンキンスさん最大の幸運は、彼女を妻にできたことでしょう。
これも一種の浪花節なのかな。w

Posted by: Baatarism | June 16, 2005 at 12:11 AM

ノースカロライナって、日本で言えば、群馬か栃木のような場所なのでしょうか。アメリカのメディア事情などを勘案すれば、ノースカロライナでは曽我さんが北朝鮮に拉致されていた重大性が十分理解されていないように思います。
日本のメディアはあれだけ大勢で押しかけているのなら、少しは曽我ひとみさんや拉致被害者のことを説明したらどうでしょうか。何も勉強してないか馬鹿ばっかりなのでしょうか。
ブッシュが姜哲煥氏と会ったこと、ブッシュが彼の『平壌の水槽』を読んで感銘したことと比べてレベルが低すぎます。

Posted by: さぬきうどん | June 16, 2005 at 09:14 AM

雪斎さん、どうもです。同じ事を書き込もうとしましたが、きっと書いておられるなー、と思いやめました。やはり書かれてましたね(笑)
これ、アメリカにとっては大変なことですよね。なんせ脱走兵なんですぜ! これをこう簡単に帰国させてにこにこ、して写真まででちゃってるんだから。アメリカでは特に脱走は罪が重く処罰もめちゃめちゃ厳しい事は広くしられ、よくもまー、こんなことができたなと、感心しきりです。もちろんブッシュー小泉ライン無ければもう絶対むりです。100%アグリーです。

Posted by: ぐっち | June 16, 2005 at 09:34 AM

・baatarism殿
ひとみさんが妻であったことが、ジェンキンス氏の「幸運」であったのは、間違いなさそうです。人間、何が幸いするか判らないものだと思います。
・さぬきうどん殿
メディアの役割はそうしたところjにはないということなのでしょうね。
・ぐっち殿
そちらにも書き込ませていただきました。
ありがとうございます。


Posted by: 雪斎 | June 16, 2005 at 08:56 PM

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<「嫌米?親米?」シリーズの過去の記事についてはこちらのページの下方からお読み下さい。> 「嫌米?親米?」シリーズの「ブッシュ政権に対する嫌悪感」に対して、RIDER-manさんから再コメントを頂きました。素晴らしい分析だと思いました。今回は、RIDER-manさんの記事の最後の部分(共和党・民主党と日本との関係)に刺激を受けて記事を書いてみました。コメントに対する回答と言うよりは、独立した記事としてお読み頂ければ... [Read More]

Tracked on June 16, 2005 at 11:31 AM

» チャールズ・ジェンキンスさんの帰国 [債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら ]
この問題は書かなきゃナー、と思っていたらさすが雪斎殿が既にお書きになっておられ、今更私が書くのもなー、とも思ったのですが、やはり書くことにしました。まず、相変わらず鋭い雪斎さんのページのご紹介。 http://sessai.cocolog-nifty.com/blog/2005/06/post_9fbd.html 朝方からアメリカ人と仕事の話をかねて感想を聞いてみると見事、100% 「信じられない!!」 「有り得ない!... [Read More]

Tracked on June 16, 2005 at 03:24 PM

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