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June 07, 2005

中国外交官「亡命」の波紋

■ 対中関係絡みで少しばかり気になる記事を見つけた。『朝日新聞』が5日に配信したものである。
 

オーストラリア・シドニーの中国総領事館の外交官が豪州への政治亡命を求めたと4日、豪州紙ウイークエンド・オーストラリアンが報じた。豪州外務貿易省は同日、AFP通信に対し、中国総領事館の職員1人が保護ビザを申請したことを認めた。
 報道によると、この外交官は政治担当の領事だったチェン・ヨンリン氏(37)。
 同氏が同紙に語ったところでは、大学生だった89年6月、天安門での学生デモに参加。再教育を経て91年に外務省に入った。シドニー在勤の4年間に、気功集団「法輪功」をはじめとする反体制派の監視を担当していたという。
 豪州のAAP通信によると、同氏は4日、天安門事件16周年を記念してシドニーで開かれた集会に出席した。豪州で多数の中国当局工作員が反体制派などに対する拉致や強制帰国といった活動をしていると主張し、「自分も同じような目に遭うのではないかと恐れている」と話した。
 また、総領事館を離れた理由は、反体制派をひそかに支援していたことが中国治安当局に知られ、尾行をつけられたからだと述べた。
 中国政府は何もコメントしていない。

 『読売新聞』は、「亡命希望の元中国外交官、政府の反体制派拉致を証言」という直接的な見出しで次のように伝えている。
 

【シドニー=樋口郁子】在シドニー中国総領事館の1等書記官だった陳用林氏(37)が4日、シドニーで開かれた天安門事件16周年記念集会で「中国政府はオーストラリア国内にスパイ数千人を潜伏させ、反体制派中国人やその家族を拉致し、秘密裏に本国に強制送還している」と述べた。
 陳氏は妻(38)、娘(6)とともに、先月末に総領事館から逃亡。シドニー市内に隠れながら、豪州に亡命を希望している。陳氏は、「豪州国内から中国へ拉致・強制送還された例を数人知っている。うち一人は本国で死刑判決を受けた」などと証言した。
 陳氏は、4年前から、シドニー総領事館の政務担当として、中国で非合法化された気功集団「法輪功」のメンバーや、民主活動家らの豪州国内での動向などを監視してきたという。

 この事件の扱いは、意外に大きな波紋を呼びそうである。「中国とはどういう国か」ということから出発した摩擦が、「極東」の範囲を超えて一挙に南半球にまで飛び火する風情である。
 先ず、この外交官家族の「亡命」が適切に認められるかが、注目に値する。
 ① 亡命申請が却下される。外交官は本国に送還される。 
 ② 豪州への亡命が認められる。
 ③ 豪州以外の国への亡命で落着する。
 この内、①は多分に考えられない。中国政府は、外交官を復帰しても処罰しないと表明したようであるけれども、そのようなことは、「自由世界」の住人ならば誰も信じないであろう。また、そうした選択は、米国政府の不興を買うことになるであろう。豪中関係は、日中関係がそうであるように、経済上の結び付きが強くなっており、豪州政府は、中国政府の多少のことに眼を瞑ってきたのであるけれども、米国政府は、そうした現状を快く思っていなかったのである。②は、豪州政府にとっては、従来の経済関係を抵当に入れた選択になる。③は、日本ならばやりそうな落着の仕方であるけれども、豪州政府が、それを初めから考慮するとは思われない。ところで、もし、日本駐在の中国外交官が同じ振る舞いに及んだら、日本政府は、どのように対応するのであろうか。彼我の政治体制が根本的に異なるものである以上、「そんなことはない…」とは決していえない。此度の一件を「「他人事」と考えないことが大事である。
 次に、この外交官が暴露した「事実」が、どのように受け止められるかということである。この外交官は、「中国政府はオーストラリア国内にスパイ数千人を潜伏させ、反体制派中国人やその家族を拉致し、秘密裏に本国に強制送還している」とも語っているけれども、こうした発言の「信憑性」が今後に問題になるかもしれない。ただし、少なくとも「自由世界」内部での中国の工作の実態が表立って語られたことは、「自由世界」諸国での対中警戒感を増幅させよう。米国辺りならば、FBI辺りに何かの指示が発令されていても、おかしくない。こうしたことが明るみに出たときには、「うちは、大丈夫か…」と反応して見せるのは、当然の振る舞いであるからである。
 また、現在の我が国においては、「拉致」は非人道的行為の最たるものという印象が定着している。「中国が拉致をやっている」という印象が世に広まれば、我が国における対中好感度は、北朝鮮並みに落ちることは、間違いないであろう。今のところ、日本のメディアは、この件に対する報道を余りやっていないので、事情が激変することがないと思われるけれども、一旦、火を点ければ燃え上がるという意味での「揮発度」は確実に高くなったであろう。
 此度の一件は、「英語諸国」では、かなり持続的な話題になりそうである。英米系メディアにおける「報じられ方」は、我が国の対中政策の展開のためにも、注視しておく必要があると思われる。

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Comments

 今回の中国外交官亡命事件は、日本においてはあまりマスコミにも採り上げられておらず、「ああ、そう言えばそんなニュースもあったな・・・」というような人が大部分だと思います。
 しかしながら、雪斎さんの仰るとおり、これは相当大きな「事件」であると言えそうですね。オーストラリア政府がこの亡命をどう扱うのかという一点だけでも大変気になることですが、この外交官の「拉致」暴露は、真実なのでしょうか?もし真実であれば、わが国においても、同じことがなされている可能性を考えなければならないですね。まさに、「中国の拉致疑惑」として、日本のマスコミはもっと積極的に採り上げなければならないと思うのですが。
 ただ、オーストラリアで本当にそんな話があるのか、全く初耳の話なので、私個人としては本当かな?と疑問に思う点が無いわけではないです。

Posted by: 藤田 | June 07, 2005 at 09:57 PM

・藤田殿
これは、注視しておく必要があると思います。
もし、この外交官がたとえばフランスに亡命していたアヤトラ・ホメイニみたいに、「反体制」の象徴的人物に祭り上げられることもないわけではない。中国政府も、内心、焦っているかもしれません。

Posted by: 雪斎 | June 08, 2005 at 01:00 PM

これは要注意だなあと思いました。「チャート式」のおかげでオピニオン誌に目を通したのですが、『中央公論』の田中-岡本対談は政策論を除くと、説得的でした。阿久津博康さんの「中国は民主化しても反日でありうる」は主として歴史の教訓から反日が長期にわたることを論じていいるのに対してこの対談では中国国内の教育・世代論から同様の結論をえている。異なるアプローチから現状認識が一致するということは(サーベイ不足ですが)、かなりの確度で「中国は長期にわたってナショナリズムが強く、その矛先が日本や台湾を中心に向けられる」と考えてよいのでしょう。

中国政府が直面している問題は想像以上にややこしい。(1)胡体制に敵対する旧体制派、(2)軍部、(3)グローバル化の恩恵を被りながら台頭したにもかかわらず、排外主義的な富裕層、(4)開明的なごく一部のインテリ層。ちょっと解が見えない感じです。すぐに体制が崩壊するとは思わないですが、綱渡り状態なのでしょう。ドタキャンに関する報道を見る限り、北朝鮮なみに程度の低い外交をしているように見えます。

岡崎大使は、「内政不干渉」と「政経分離」を中国に理解させなければならないと述べられています。逆にいえば、中国外交は近代外交の初歩からすら外れだしている。下手をすると、無理が通れば道理が引っ込むということになりかねない。靖国という国内でも議論が割れることが表面的なイッシューになっているだけに強硬論か宥和論かという二分法に陥りがちですが、これだけ面倒な問題に日本だけで立ち向かおうとするのは無謀すぎると思います。端的に言えば、(1)日米同盟の双務化をコアに(2)日本と米英豪の海洋国家の連携強化(今回の件でオーストラリアがふらつきかねない気がいたします)、(3)極東諸国を除く台湾・ベトナムからインドに至る国家との利害の一致を図ってゆかないと、非常に危険な事態が生じうると思います。

田中先生は中国の民主化にちょっと楽観的な印象があります。私自身は阿久津論文の見通しが正確だと思います。また、クロー覚書を引用して意図ではなくて能力が問題とする岡崎大使の分析に共感を覚えます。中国に関する限り、最悪の事態を想定して対処するのが適切だと考えます。「反中」と言われようが「杞憂」と言われようが、戦前の日本がそうであったように中国はナイーブな大国であり、力をつけつつあるが、使い方はわからない国だと考えております。

末尾になり申し訳ないのですが、雪斎先生の提起はおそらくリベラル派には理解されないでしょう。彼らが愚かなのではなく、頭でわかっても実感がわかないだろうと思います。マキャベリが何度も読み返されながら、そこに書かれていることが繰り返される現実を見ると、いささか寂寥感を覚えてしまいます。

Posted by: Hache | June 09, 2005 at 01:59 AM

・HACHE殿
拙者は、これからリベラル派の「道場」で他流試合を一生懸命にやりたいと思います。

Posted by: 雪斎 | June 10, 2005 at 05:57 AM

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