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June 08, 2005

朝日新聞『論座』、産経新聞「正論」欄原稿

■ 一昨日、朝日新聞『論座』が届く。雪斎は、『論座』という雑誌の性格は、たとえば『中央公論』が「政府の現実主義」(入江昭教授の言葉)に「保守」側から寄り添うものだとすれば、それに「リベラル」側から寄り添うというものであるべきだと思ってきた。雪斎は、このところ『論座』に書く機会が増えているので「左傾化した」という評があるけれども、雪斎は、「政府の現実主義」に寄り添った媒体に書いているという点では、言論家としての本籍地である『中央公論』に書いているのと感覚が変わらない。たとえばポーツマス講和会議直後に似た状況が来ても、『中央公論』と『論座』ならば、明々白々な「小村寿太郎外務大臣擁護」の論稿を載せることができるのではないかと思っている。
 雪斎は、「リベラルの責任」と題された特集の中で、「『「普通の国』になればまた出番がやってくる」という原稿を寄せている。同じ特集には 久間章生、太田昭宏、仙谷由人の三氏の鼎談のほかに、次のような原稿がある。
  □ 国連改革、歴史認識、自衛隊の海外派遣…
    第三者の媒介で「新しい自由」を切り開け
    京都大学大学院人間・環境学研究科助教授 大澤真幸
  □ 真の保守主義再生しかない
    京都大学大学院人間・環境学研究科教授 佐伯啓思
  □ 「ネオリベ」批判を越えて
    明治学院大学社会学部教授 稲葉振一郎
 「リベラル」というのは、誠に多義的な観念だなと思う。社会学、経済学、政治学のどの学問領域を背景にしているかによって、論者がイメージする「リベラル」の中身は、だいぶ違っている。普通の人々は、ちょっと混乱したのではないかと思う。。
 加えて、勉強のために読んだのが、次の二編である。
 ●英国総選挙
  □現地報告 新しい政治的競争が始まった
    北海道大学大学院教授 山口二郎
 ●第2期ブッシュ政権の行方
   □保守イデオロギーと政治的機会主義の間で
    東京大学法学部教授 久保文明
 かんべえ殿は、「悩ましい対中通商摩擦―中国版「プラザ合意」の可能性―」という原稿を書いておられる。
 尚、雪斎にとって、最も興味深かったのは、「ピンク映画の新しい波―人は何故このエロスに惹かれつづけるのか」(ピンク映画誌『PG』編集長 林田義行)という記事だった。

■ 昨日、産経新聞「正論」欄に、実に三ヵ月ぶりに原稿が載る。これだけ空白を作ってしまったのも、八年近く通算百数編の原稿を「正論」欄に書いた経緯からすると、異例のことである。

 この数ヵ月、対韓摩擦、対中摩擦が激化した中で、潜行する「嫌韓感情」や「嫌中感情」に寄り添う原稿は、書きたくなかったというのが、本音である。

  □ 対中外交で考慮されるべき「慎慮」(仮題)
 ヘンリー・A・キッシンジャーは、自著『外交』(岡崎久彦監訳)の中で毛沢東、周恩来、鄧小平といった往時の中国政治指導者に関して次のような記述を残している。
 「この三人は、労を惜しまない情勢分析と国家の長い歴史経験から生み出された知恵という同じ伝統を背後に持っており、恒久的なものと戦術的なものを見分ける直感を有していた。…中国の指導者達の姿勢は、精神的に遼に安定した社会を代表していた。彼らは細かい点を詰めることよりも信頼関係をつくり出すことに大きな関心を寄せた」。
 周恩来や鄧小平の執政期、我が国の人々の対中感情が概ね良好であったのは、往時の中国の対日姿勢が「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」という鄧小平の言葉に暗示されるように柔軟にして実利的な印象を与えるものであったからである。それは、「ミスター・ニェット」と呼ばれたアンドレイ・グロムイコが象徴するように硬直の傾きを免れなかった往時のソ連の対外姿勢とは、際立った対照を成していた。マーガレット・サッチャーがミハイル・ゴルバチョフを評した言葉を借りれば、我が国の人々は中国に相対しながら、「(彼らとは)ビジネスができる」と思ったのである。
 翻って、胡錦濤(中国国家主席)以下、現下の中国政府指導層の姿勢は、キッシンジャーが相対した昔日の指導層とは異なり、「信頼関係の構築」ではなく「些事への拘泥」に傾いているようである。リチャード・M・ニクソンに「台湾問題は百年後でよい」と言明した毛沢東とは対照的に、胡主席麾下の中国政府は、台湾を念頭に置いた「反国家分裂法案」を成立させ、却って国際社会の疑念を呼び起こしている。対日関係に至っては、中国政府の姿勢は、四月の「反日」騒動沸騰の折に日本在外公館の保護を全うできなかった責を認めなかったり、呉儀(中国国務院副総理)が来日中に小泉純一郎(内閣総理大臣)との会談を急遽、見合わせたりした結果、国際常識との「乖離」を際立たせる始末である。北京五輪や上海万博のような一大国際行事を開催する資格に疑問符を付す声が米国連邦議会から上がるのも、自然な成り行きであろう。
 このような中国政府の姿勢は、筆者には「売家と唐様で書く三代目」の江戸川柳を起こさせる。周恩来や鄧小平の時代に示されたような老獪な「外交感覚」は、江沢民執政期を経て現在に至って、その劣化を露わにしている。キッシンジャーが多分に瞠目したように、周恩来や鄧小平の現実主義的な政治手腕に惹かれた筆者にとっても、現下の中国政府における「外交感覚」の劣化は、率直に寒心に堪えないものである。
 今後の我が国が相対する中国外交は、昔日のグロムイコと同様に辟易させられるところの多いものかもしれない。昨今の中国政府の対日姿勢は、「日本に対してならば、無理が通れば道理が引っ込む」とでも表現すべき論理に拠っている。けれども、そのような論理は、本来は国際社会の容れるところとはならない。そうであればこそ、我が国が心掛けるべきは、対中摩擦を引き起こしている諸々の難題の様相を広く国際社会の衆人環視の下に晒すことである。たとえば東シナ海海洋権益の扱いに関していえば、我が国政府が主張する「日中中間線」それ自体が対中配慮の産物であり、中国政府がその配慮を無視する形で自らの主張を繰り返しているという事実は、どれだけ国際社会に認知されているのであろうか。対中摩擦の諸々の様相を前にして、我が国と中国の何れに「理」があるかを客観的に判断する材料は、我が国の努力の一環として国際社会に適切に提供されなければなるまい。我が国にとっては、中国は、もはや情緒的な「友好」の相手などではなく、実利と権勢の絡んだ「競合」と「提携」の相手でしかない。しかも、その「競合」と「提携」が然るべき国際ルールに則るものである以上、もし、中国政府が現下の「外交感覚」の劣化を正せなければ、その後に直面するのは、自らの実利における「損失」と国際社会における「威信の低下」である。
 我が国にとって対中外交の相手は、ただ中国一国のみではなく、日中関係の動向に影響を受ける幾多の国々である。我が国は、対中関係の運営に際して他の国々の「共感」を獲得すべく手を尽くさなければならない。我が国には、対中「感情」に眼を曇らせている暇はないのである。
  『産経新聞』「正論」欄(二〇〇五年六月七日)掲載

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Comments

「論座」、読みはじめました。雪斎先生の論文、とてもよかったです。

アプローチが保守であれリベラルであれ、理想論だけでなく現実に基づいた政策決定が必要と説かれていると理解したのですが、「正論」の記事とあわせて読んでよくわかりました。
ほかのリベラル論はあまり興味をひかれないのですが、今月号の「論座」は「中央公論」のリベラル版と考えるには、ちょっとげっそり感を覚えました。

そういう意味で、雪斎先生のすぐあとに掲載された鼎談で、久間総務会長がほのぼのとして、かつ抜群のバランス感覚を発揮されて、気に入っています♪

Posted by: さくら | June 08, 2005 at 09:29 AM

・さくら殿
 いやはや、ありがとうございます。
 久間総務会長は、昔、防衛庁長官に任命された折に、喜色満面で愛知事務所に挨拶に来られたのを思い出します。

Posted by: 雪斎 | June 08, 2005 at 01:07 PM

こんにちは。
対中に関しては、客観性をもち冷静に対応したいですね。皆さん往々にして感情的になられますので(気持ちはわかりますが。)。雪斎さんが言われるように、やれることをやって、あとは他者に判断を委ねる方法は結果的に有効だと思います。あとは歴史的な検証をしっかり行い、外交の基本姿勢としたいです。中国にももっとしっかりしてもらいたいですが。
ちなみに6月11号の東洋経済に「雪斎の随想録」が紹介されていました。国際政治に関して深い分析がなされていると。雪斎さんの本名も出ていて、この様な方が作っているブログがロハで読めるのだから、既存のジャーナリズムも厳しいと、情報の取捨選択がいよいよ求められるとのことでした。そのとおりですね。

Posted by: ファガスの森 | June 09, 2005 at 08:53 PM

・ファガスの森殿
「東洋経済」ですか。マスク・マンでやっている立場からすれば、実名が出ているのは結構、恥ずかしかったりして・・・。早速、観てみます。

Posted by: 雪斎 | June 10, 2005 at 06:04 AM

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