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May 10, 2005

『中央公論』「時評2005」原稿・#6

■ 歴史において「事実」は一つであるけれども、その「解釈」は多様である。歴史の「解釈」の有り様は、しばしば、それぞれの「今」を生きる人々にとって「こうあって欲しい」という価値観の反映であることがある。だからこそ、エドワード・ハレット・カーは、「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去の間の尽きることを知らぬ対話である」という有名な言葉を残したのである。
 ところで、『毎日新聞』(五月八日付)は、「<日中外相会談>関係修復へ向け対話強化で一致」の見出しで次のように伝えている。
 

町村信孝外相は7日、中国の李肇星外相と京都市のホテルで1時間半会談し、反日デモで悪化した日中関係の修復へ向け対話を強化することで一致した。東シナ海のガス田開発に関する実務者協議や次官級による総合政策対話を今月中に実施することで正式に合意したほか、先月17日の外相会談で町村外相が提案した歴史共同研究を進めることなどを確認した。

 我が国は、どのように中国との「歴史共同研究」を進めようとするのであろうか。もし、中国との「歴史共同研究」が、それぞれの史観を振りかざした「政治闘争」の場ではなく、客観性と論理性を旨とした冷静な「事実の検証」の場であるならば、日中両国だけではなく広く欧米諸国の研究者の参加を呼びかけるのが適切であろう。近代以降の日中関係を扱った基本資料集を英文で編纂するといった配慮は、大事なのではなかろうか。
 下掲の原稿は、『中央公論』今月号に掲載されているものである。『中央公論』今月号には、北岡伸一先生の論稿、田中明彦先生と岡本行夫氏との対談が載っている。北岡先生の論稿と岡本氏の発言の中に下掲の原稿に重なり合うところがあるのを確認し、少し驚いた。歴史認識に絡む軋轢は、対中関係や対韓関係の枠組の中だけで処理されるべきものではなく、その実態は広く国際社会の衆人環視の下に晒すべきである。先月の小泉総理純一郎の「バンドン会議記念演説」の事例に限らず、そうした諒解は既に出来上がり始めているのであろう。

 □ 『中央公論』「時評2005」欄 歴史認識問題に「第三者の眼」を入れよ

 島根県議会での「竹島の日」条例制定を機に沸騰した韓国国内での「反日」気運は、「韓国に不法占拠された竹島」という記述を持つ歴史教科書の検定合格が伝えられるに及び、火に油が注がれる結果になった。また、中国では、我が国の国連安保理常任理事国入りに反対する趣旨から始まった「反日」騒動が、歴史認識問題という触媒を得て激化し、全土に拡大する様相を呈している。日中関係の現状が「政冷経熱」から「政冷経冷」に変質する兆しを懸念する声も、聞かれ始めている。
 しかしながら、このような中韓両国における「反日」気運の沸騰は、我が国や中韓両国以外の国々の人々の眼には、どのように映っているのであろうか。振り返れば、三月中旬に訪韓したコンドリーザ・ライス(米国国務長官)は、歴史認識に関して対日批判を行った盧武鉉(韓国大統領)を前にして、それを実質上、黙殺する姿勢を採った。我が国と中韓両国の確執に直接の関わりを持たない人々であればこそ、客観的な「第三者の眼」を提示できることがある。そして、この「第三者の眼」こそ、我が国と中韓両国との確執の行方を考える上では、大事なものになるであろう。
 たとえば、カーター・J・エッカート(歴史学者)が著した『日本帝国の申し子』(原題/”Offspring of Empire”)は、この「第三者の眼」の意義を考える上では、誠に貴重な書である。韓国経済史上の通説は、「漢江の奇跡」と称された一九七〇年代の韓国経済の発展の萌芽が既に十七世紀李朝時代に出現したものの、日本の植民地統治の時期に潰されたというものである。けれども、エッカートは、そうした通説を批判し、植民地統治時代に促された資本家の登場が第二次世界大戦後の経済発展に与っていることを指摘している。無論、エッカートの書は、別段、日本の植民地統治を称揚したものではなく、日本が「圧政者であると同時に社会経済の変化の推進者」であった事情を説明しているに過ぎない。にもかかわらず、エッカートの書は、韓国には断片的にしか紹介されず、「日本擁護の書」と誤解されたままの状態に置かれている。そのことは、韓国における歴史の通説と称するものが、半ば「教義」の類に他ならないことを示している。
 このように考えれば、我が国と中韓両国との歴史認識に絡む軋轢が解消され得るものという期待は、根拠の弱いものであるかもしれない。現下の中韓両国における歴史の通説が、「生煮えのナショナリズム」に結び付いた「教義」の色彩を濃くしている限りは、そのような「教義」を我が国が修正するのは、対話を通じてでさえ無理なものであるからである。
 筆者は、我が国が今後に推し進めるべきは、エッカートが手掛けたような「第三者の眼」を通じた歴史研究を資金や制度の上で支援することであると考えている。「第三者の眼」を通じた研究は、おそらくは客観性と論理性を旨とするアカデミズムの作法に徹底して則ることが要請されよう。エッカートは、韓国での歴史研究の実態を批判して、「論理より…感情的満足のほうが重要視されている」と述べたけれども、そのような研究の仕方は、韓国での内輪の納得を得られたとしても、国境を越えたアカデミズムの検証に堪えることはない。アカデミズムの検証に堪えられない議論は、結局は信頼されないのである。
 具体的に考慮されるべきは、そのような研究の拠り所となる諸々の史料を出来るだけ各国の研究者にも利用しやすい形で用意する仕組を整えることである。たとえば竹島領有権紛争に関していえば、「何故、竹島が日本の領土なのか」を説明し、その説明の根拠となる史料を明確にする努力は、従来の我が国政府にあっては不十分であった。我が国政府は、そのような努力を対韓関係全体への配慮から手控えていたのかもしれないけれども、その不作為は、竹島領有権紛争に「第三者の眼」を提示しようと試みる研究者がいた場合には誠に不親切なものではなかったか。
 我が国は、中韓両国とは異なり、「国家」や「民族」という枠組に過度に拠って物事を把握する段階を過ぎている。たとえ、筆者が提起したような「第三者の眼」を通じた歴史研究の推進の結果、我が国の幾多の人々にとって感情的に受け容れ難い結論が導かれたとしても、我が国の人々は、それを「学説の一つ」として冷静に扱うことができるはずである。歴史認識の有り様は、それぞれの国々の社会における「成熟」と「未熟」をも示唆しているのである。
  雑誌『中央公論』(二〇〇五年六月号)掲載

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Comments

やはり、欧米の学者様にご登場いただくことに
なるでしょうか?

Posted by: おおみや%NEET | May 11, 2005 at 10:55 PM

「歴史認識に第三者の目を」という雪斎さまのご意見は正論だし、日本がそのための様々な材料(資料や研究者の処遇)を提供することが大切なのはそのとおりですね.そして、雪斎さまもご指摘のとおり、その結果がすべての当事者(日中韓)にとって苦い歴史になることを覚悟しておくことも必要ですね.中国韓国にそれだけの準備ができているのかという疑問を呈されておられるのですが、私はそもそも歴史の捉え方が、明治以降の西洋的歴史観を受け入れた日本と、中国文明に影響された中韓の歴史観が基本的に異なるので、すべての当事者が納得する歴史は書けないんじゃあないかと悲観的なんです.しかし、少なくとも第三者の良質な歴史が広まれば、無用の対立や誤解を少なくすることは出きるはずでしょう.そこに期待します.

Posted by: M.N.生 | May 12, 2005 at 11:52 AM

・おおみや殿
それも考慮すべきだということです。
・M.N生殿
「総ての当事者が納得する歴史」というのは、初めからないのだと思います。
仰るとおり、対立や摩擦を双方の利害に影響を及ぼさないレベルで抑えることは出来るはずですので、そうした「摩擦管理」の知恵を働かせることが、今後は大事になるとおもわれます。

Posted by: 雪斎 | May 14, 2005 at 07:15 AM

ずいぶんと前になりますでしょうか。「ここが変だよ日本人」という番組上で歴史問題が議題になったとき、歴史教育なんて無駄! と叫んだ日本人の若者がいて、ブーイングの嵐だった記憶があります。出席者だった吉村作治教授はじめ外国籍の出席者も何ばかな!という感じでした。しかし私はこの若者の発言は一理も二理もあるように思えました。今アラブとイスラエルの国民から過去の記憶が一瞬にして消えたら戦争状態は即刻なくなるのでは?。。。。 そんなことをふと考えたのです。単純に言って結局かれらは
「おまえらこんなことしただろう」
「そういうおまえらこそこういうことしただろう」
「なんだと! そういうおまえらこそこういうことやりやがった」

ということの応酬なわけですよね。
どんなに歴史事実を冷静に見直したところで、その先のベクトル付けがあらぬ方向なら、その見直しはほとんど意味をもたないように感じるのです。

身近例で南京大虐殺、、これをまず実数を正確に把握することからはじめましょう、と言ったとします。しかし彼らはそのような事実把握という行為そのものがその根底にあるのは・・・・と考えてしまう。(多分)  

難しいです。

Posted by: 宵の明星 | September 16, 2005 at 12:16 PM

宵の明星殿
 「歴史認識」に絡む問題は、「こうあって欲しい」という無意味な願望の強い国においてこそ、かなり先鋭になります。
 日本海表記問題も、事の発端は、「あの海に『日本』の名前が付いていないでいて欲しい」という願望ですね。ただし、そうした願望も、他国の眼から見ると奇妙なものに移るということがある。そうした検証は厳密にやるべきでしょうね。
 尚、「くだらねえ」氏のコメントは、中身云々というよりも書くマナーを守っていないものなので、即刻、削除としました。

Posted by: 雪斎 | September 16, 2005 at 07:49 PM

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