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May 02, 2005

民族主義者・西郷と現実主義者・大久保

■ 司馬遼太郎作品を下敷きにしたNHK大河ドラマ『翔ぶが如く』の一つの見せ場は、「征韓論争」を舞台にした西郷隆盛と大久保利通の対決シーンである。西田敏行さん演じる西郷、鹿賀丈史さん演じる大久保が、次のように火花を散らせたシーンは、忘れがたいものがある。それは、新政府に対する不満を抱えた士族とともにを朝鮮に乗り込み落命したとしても、、「人が死んで死んで死んで、その後でまた誰かが新しい政府を作ればいい」と言い放った西郷に、大久保が反駁するシーンである。
  大久保利通  「そいは暴論ごわす!」
  西郷隆盛   「何が暴論かッ!」
 鹿賀丈史さん演ずる大久保は、写真で観る大久保に余りにも似すぎていた。雪斎には、伊達政宗のイメージが渡辺謙さんで固まったのと同様に、大久保のイメージは鹿賀丈史で固まった。鹿賀さんの演技は、それくらい鬼気迫るものであった。
 因みに、日本テレビ系で放映された年末時代劇『田原坂』でも、西郷・里見浩太郎、大久保・近藤正臣という布陣で似た場面が取り上げられている。この作品にも、近藤正臣さん演ずる大久保の次のような印象深い科白がある。西郷に去られた大久保が窓の外を眺めながら独白するシーンである。
 「本当に西郷どんは政治に向いておらん。お前さんのは精神論だ。日本では通用しても、外国で腹芸は通用しない…」。

 雪斎は、西郷と大久保の思想的な対立は、現在までも続いているのではないかと思っている。それは、「民族主義者・西郷」と「現実主義者・大久保」の図式といえるかもしれない。朝鮮使節派遣という「大義」を振りかざした西郷に対して、大久保は、「国力」を盾にして反対したのである。
 現在、日本の民族主義者の多くは、意識するにせよせざるにせよ、西郷隆盛の思想的な後嗣という性格を持つ。戦後、三島由紀夫が小説『奔馬』の題材にしたのは、神風連の乱に加担した青年壮士であったし、2・26事件の決起将校への三島の共感は、否定しようがない。これらは、「今般、政府に尋問の儀これあり」という言葉とともに決起した西郷の精神とは軌を一にしたものである。三島の割腹も、自民党政府に対して「尋問の儀これあり」と伝える意味合いのものであったのは、想像に難くない。現在、『諸君』や『正論』といった雑誌に寄稿する保守論客の多くは、古くは西郷、新しくは三島の影響下に置かれた人々であるといえるであろう。彼らの多くは、政治やビジネスの世界とは無縁の文学・思想畑の論客であるか、そうした営みの局外に立つことのできるジャーナリストや学者である。彼らは、「実際に何ができるのか」を考慮せずに、遠慮なく「大義」を語れるのである。この点、「右翼」と同一視されることの多い「民族主義者」の思考様式は、「左翼」と称される人々のそれとは、さほど変わるものではない。
 一方、大久保の現実主義の系譜は、後に伊藤博文や西園寺公望のような人材を経て、戦後は大久保の孫娘を妻にした吉田茂に継がれる。戦時中、明治期の大久保の外交を高く評価する研究書『外政家としての大久保利通』を著わしたのが・外交評論家・清沢冽であり、吉田茂は、その刊行に心からの謝意を表したと伝えられる。戦後、長らく政権を担った自民党、財界主流、官僚層は、「現実主義者」の牙城となって、吉田茂以来の国家路線を支えてきたのである。そして、そうした国家路線を擁護したのが、猪木正道、高坂正堯、永井陽之助といった政治学者であり、現在では清沢冽の評伝を著わした北岡伸一教授やその仲間の多くの政治学者が、それに連なっている。その点、雪斎も、明らかに大久保の思想的な末裔である。
 このように考えれば、たとえば先刻の小泉純一郎総理の「バンドン会議記念演説」への評価も、この「民族主義者」と「現実主義者」の対立の様相が反映されているといえるであろう。「民族主義者」は、「村山談話」を引用した小泉演説によって日本の「威信」が損なわれたという認識の故に演説を批判したのに対して、「現実主義者」は、小泉演説によって日本がアジア・アフリカ諸国の大勢からの「共感」を得られた点を重視し、それを評価した。雪斎は、西郷と大久保を比べれば大久保が全く人気を持たなかった従来の経緯を考え併せるとき、大久保流の「現実主義」が受け容れられる土壌が、まだまだ薄いと感じてきたけれども、ネット空間の中では意外なほどに「現実主義」が支持されていることに驚いている。日本の「豊かさ」と「余裕」は、「成熟した現実主義」の触媒たり得るのであろうか。

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「国際情勢」カテゴリの記事

Comments

こんばんは。
私は今まで何主義者とも思わなかったのですが、ひょっとしたら現実主義者だったのかと思いながら読ませて頂きました。
ただネット上で多くの支持を見いだすことがあったとしても、国勢に影響力を発揮する一般の認識がどうであるのか気になるところです。
見るべきものを見ずに生じた状況認識の誤りとか、美学的思考による判断によって生じたであろう過去の苦難、蹂躙された無数の人生を思うとき、軽率でなく「成熟した現実主義」広い理解につながってゆくことを切に願うばかりです。

Posted by: tamon | May 02, 2005 at 11:29 PM

はじめまして。
日本には右翼左翼とは別の、非常に感覚的な思想的対立があるらしい、ということは良く感じます。亜細亜vs脱亜であったり、大陸vs海洋であったり。
現実主義と民族主義というのは、そのさらに奥の、「外交」という物の捉え方に関する相違を感じさせ、非常に面白く読ませて頂きました。
ただの感想で申し訳ありません。

Posted by: 幾 | May 02, 2005 at 11:33 PM

精神的体質が「血の熱い人」と「そうじゃない人」(冷血とは言いません)とではずいぶん考え方も違いそうです。
このごろ日本の「世界標準からの逸脱」に興奮する人が多いみたいな気がします。たとえばホリエモン騒動、ローマ教皇の葬儀参列者の肩書、小泉スピーチへの批判、どれも「世界の常識から外れていてけしからん」と怒っている人が目に付きました。私にはなんだか自意識過剰のように思えてならないのですが。

Posted by: 玄倉川 | May 03, 2005 at 12:44 AM

この種の問題は日本人にとって結構根が深くて、古くは源頼朝-義経、家康-秀吉あたりもその原型と見れないこともありません。現実主義者が社会に安定と繁栄をもたらし、日本人が実際に享受した実益は大きいにもかかわらず、今ひとつ不人気です。戦後政治家にしても、まだ田中角栄に人気があったりするのがその変形でしょうか?大局的に見れば自民党政治の歴史で田中派とその後継が支配した時代は、やや民族主義的なブレがあり、保守政治の水準の落ち込みが認められると考えます。
この民族主義的な主張が現実主義に対して道義的な優位性があると国民が勘違いした瞬間が危険な時期となるでしょう。実際は大半の状況の場合、結果系から見ると逆のように思うのですが。

Posted by: カワセミ | May 03, 2005 at 01:53 AM

>この種の問題は日本人にとって結構根が深くて、古くは源頼朝-義経、家康-秀吉あたりもその原型と見れないこともありません。

三国志になぞらえると曹操-劉備(諸葛孔明)ということになるでしょうか。もちろん本場中国においても後者は圧倒的に支持されているわけですが、日本ではその後者への支持が「判官贔屓」も加わってより情緒的になっているかもしれません。
ただ、近年においては曹操の生涯を扱った作品群が次々と出版され、その現実主義的なリーダーシップを学ぼうとする風潮もありますし、また特に経営者や政治家など人の上に立つ人々の間では、家康などの「現実主義的政治家」の生き方に学ぼうといった根強い「人気」があることも否めないと思います。
日本の政治や経済もそのような現実主義的思想への「根強い傾倒」によって、これまでうまくバランスを保ってきたのかもしれません。

Posted by: 藤田 | May 03, 2005 at 04:16 AM

・tamon殿
 政治に限らず、ビジネスの現場に身を置く人々は本質的に「現実主義者」なのだと思います。「どんなに立派なことを言っても、売れなくちゃ駄目よ…」。こういう感覚は、結構、大事だと思うのです。
・幾殿
 はじめまして。色々な言論の「対立軸」が何かを考えると、さまざまことが見えてくるものです。
・玄倉川殿
「血が熱い」ことはいいと思いますが、「頭に血が上る」というのは不味いのでしょう。
・カワセミ殿
 そうですか。「義経ー頼朝」以来ですか。確かに「オーガナイザー・頼朝」は、今でも人気がありませんね。真田信之、幸村兄弟の人気の差も同じ構図でしょう。拙者は、真田の家名を明治まで守った信之の方に共感を覚えるのですが・・・。
・藤田殿
 日本社会には、特別な人々だけが知ることのできる「密教」と誰でも知る「顕教」があるのだそうです。政治家や経営者は、「密教」として徳川家康らを参考にしたの対して、庶民は「顕教」としての「真田十勇士」に快哉を叫ぶ。
そうしたことが今でも続いているのでしょうな。

Posted by: 雪斎 | May 03, 2005 at 05:07 AM

いつか大久保利通がまったき評価をされる時代が来ると思い続けて30年。
何故ありのままに評価されないのかと思い惑いその時点の評価を検討し続けた挙げ句、単なる大久保フリークと成り果てて、既にまともな評価が出来づらくなった私にとって、原点を提示されたような気がしました。ありがとうございました。

余談ながら『翔ぶが如く』 大久保利通が主役足り得る(その生涯若しくは業を語られ得る)最初で最後の機会であるとして、その演者が誰になるかと息詰めて見守った挙げ句、鹿賀丈史さんと知った本屋の店先で安堵のあまり腰を抜かした程の悲壮感を思って頂ければ、大久保という人物の評価に対する期待値の低さを思いやって頂けるのではないかと思います。

現実主義と申しますが、国家百年の大計とあるように、百年後の日本国がどのような国家たり得べきかと想定して、その為に現在どのような手を打つべきかを考えることだと思っています。これは1年後、10年後、あるいは50年後の、自らの晩年死後に降りかかる悪評をも受け入れた上で成し得ることではないかと思ってしまうわけです。
自分が退いた後も有効となり得る道を造り、自らの想いを受け継ぐ人を造ること、それが肝要と思えば、何故これほどまで大久保が評価されないのかが不思議でなりませんでした。

閑話休題(長々と語ったのはちょっとした鬱憤晴らしに過ぎずお恥ずかしい限りですが)。
西郷さんは確かに民族主義であり、その上で人を人々を惹き付けるだけの核をもった人物だと思います。ですから特に西郷さんの維新後の行動を非難するつもりはないのですが。
しかし、翻って現実社会というか現在の政治機構を見ると、西郷さんでさえ、強烈な現実主義者だと思えてしまう現状が問題なのではないかと愚考する自分が居ます。
現実主義者の系譜という題材は心くすぐられますが、100年前の系譜が連綿と受け継がれているならば、まだ期待の持ちようがあります。
しかし、外国人参政権などと国家の枠組みといった基本的レベルさえ逸脱して、あまつさえそれが国家運営上のルール違反だと認識することすら出来ない、そのようなレベルにある現在の状況を論じるにはあまりにも情けないような気がします。むしろ、何故そのように落ちぶれてしまったのかが疑問でなりません。
自分でも、色々考えるのですが、どうにもこうにも、理解できる範疇で意味づけすることがなかなか出来ずに、ずーっとフラストレーションを高めるばかりです。

いえ、これは雪斎さんに申し上げることではありませんでした。
私は田舎育ちで、維新も大戦も生活史の一つのエピソード、しかしながら非常の大きなエポックとしてとらえる時間帯に生きているようです。100年を「ちょっと前」と表現してしまい、挙げ句周囲に不審がられてようやく時間間隔の違和に気づくような人間です。一応なりとも自分が変だと分かってはおりますが、大久保敏道に惹かれてちう言わずもがなを申しましました、失礼しました。
これからも、雪斎さんの現在を読み解く方便に、いつか自分なりの道筋が出来るものと、期待させて頂きます。
お目汚し、失礼致しました。

Posted by: 名乗るもおこがましいので | May 03, 2005 at 05:55 AM

いつも楽しみに拝見しております。

強烈な民族主義、自己愛は昔の日本、今の中韓においても明らかなように、自らを盲目にし、結果として国としての道を誤るもととなるような気がします。
現実現状をしっかりと認識把握しつつも、常に理想や夢を忘れずに追求してゆくという姿勢が大事なんだろうな、と思います。

私の数日前の手抜きの投稿ですが、
自らの拠って立つ場所を再確認していただければ幸いと思います。
http://blog.livedoor.jp/p-6126012/archives/20321601.html
ちなみに私は限りなく党首1の立場に近いです。

Posted by: まったり | May 03, 2005 at 10:18 PM

この質問で第一感として思ったのは、そもそもこの種の病気には潜伏期間が数日程度はあるので、感染が確認された段階で本質的に手遅れ(少なくとももう感染者が別にいるはず)ではないかと。この場合は集団秩序の安定を図るのに注力すべきという問題に転化するように思います。

この問題に限りませんが、私ならある状況で対処すべき困難な課題があるとしたら、その課題そのものが本当に成立しているのか、簡単に回避可能なものではないのか、もしくは無効化可能でないか、そもそもルールを変えられないか、そういったことをまず最初にチェックしますね。

Posted by: カワセミ | May 03, 2005 at 11:09 PM

・ 「名乗るのも…」殿
 はじめまして。
 大久保への想いに溢れたコメントをありがとうございます。
 そういえば大河ドラマ『獅子の時代』で大久保を演じていたのは、鶴田浩二さんだったはずです。大久保は、「その凄さが判る人には判る」存在だったのかもしれません。
 次は、ぜひ、名乗って来訪ください。大久保が近代日本の「現実主義者」の源流である以上、また言及するはずですので。
・ まったり殿
拙者は迷うことなく「党首1」ですな。
・ カワセミ殿
ただし、ここでの「ボートの上の感染症」の寓話は、「危機に臨んでの決断」の有り様を類型的に問うものですから、そこまで突っ込む必要がないかと…。もちろん、これが寓話ではなく現実であったら、仰るような厳密な仕分けが必要ですが…。

Posted by: 雪斎 | May 04, 2005 at 01:04 AM

ああ、誤解されたかな?
もちろん設問者はそういう意図で設問を設定したのでしょう。しかし誰もが二律背反と考えるような課題と思ったときに、多くの場合は実際そうではなかろうと思います。そういう課題設定そのものから適正化する政治手法が大事だと言いたかった訳です。政治の現場では多くの場合このような手法が有効で、この設問のように逃げ道の全く無い状況は案外無いと考えています。
限定条件下での最適解となると、江戸時代に見られるように日本人は得意なのですが、状況を創造する類の政治は日本人は苦手なのかな、という気もします。その意味でこの設問そのものが日本人らしい問いとして(まさしく何がしかの所与の条件として)設定されたような気がしました。

Posted by: カワセミ | May 04, 2005 at 01:25 AM

私のお気軽な投稿が思わぬ波紋を呼んでいるようで驚くと同時に恐縮しております。

玄倉川さんが分類されたようにバンドン小泉声明に対する反応が様々に分かれたことを私自身重く受け止めました。ですから一度この問題を離れて限りなく単純化された質問におのおのが答えを見つけることによって、自らの考えが最優先としているものは何かというのを改めて見つめなおしてもらいたい(生意気ですみません)というのが私の投稿の目的でした。
自分の拠って立つ立場を単純化した相対軸で認識できれば、おのおのが己の考えの弱点や盲点を認識しやすいですから、そのことにより己の教条に凝り固まった一部の方を少しでも救えればな(またまた生意気ですみません)
という思いもありました。
効果はまだわかりませんが、少なくとも私自身には非常に役に立った(汗)設問でした。ですから、丸ごとコピーで投稿したわけです。

お騒がせしました手前、拙いながらも説明させていただきました。

Posted by: まったり | May 04, 2005 at 09:22 PM

あ、そういうレスを返されるとむしろ恐縮です。こちらこそ申し訳ありません。
ある種の観念論的論争の傾向に対して、現実はそうではないよといいたかったわけですが・・・・

お詫びも兼ねて、問いに対して少し直線的な回答をします。
私の立場としては、一人でも多く生き残るというのを最適解として、それに対する有効な対策を考えるのに尽きます。ただ、問題には示されないが現実には必ず存在する以下の2つのパラメータで最適解は変わると思います。

(1) リーダーの統率力、および各人の武装状態や肉体能力といった強制力
(2) 年齢・性別・性格などを総合的に考えたメンバーの精神的脆弱性

Posted by: カワセミ | May 04, 2005 at 10:32 PM

・カワセミ殿
以前、スキー・ジャンプ競技で日本勢が強かった頃に、スキー板の基準が変えられたことがありました。日本の場合、「環境」に自分を適応させるということのは天才的な冴えを示す国民ですが、「環境」を自分の都合に合わせて変えることには不得手なところがあります。この点は、国連安保理常任理事国入りを果たした後のことを考えると、考えておかなければならないことでしょうね。
・まったり殿
あの類型的な設問は、たとえば高校生ぐらいの若者に、「政治とはなにか」を説明するには便利なものではないかと思います。

Posted by: 雪斎 | May 04, 2005 at 10:49 PM

カワセミさん 
ブログ数日前から拝見しております。
今後も色々教えていただけたら幸いです。

雪斎さん
うまくまとめていただきありがとうございます。
「環境」そのものを変えていく構想は戦後日本の成功と特殊性そのものが鍵を握るのではないかな、とひそかに思っております。

Posted by: まったり | May 05, 2005 at 09:39 PM

・ まったり殿
国際政治上の事件ですら、日本人は「自然災害」と似たものと考えているのではないでしょうかな。なるほど、「自然災害」が相手ならば、「それを食い止めるために、どうするか」という設問自体が、無意味になりますね。

Posted by: 雪斎 | May 07, 2005 at 12:03 PM

いつも愛読しております。

さて、現実主義者の系譜(これは日本では良識ある亜流でしょう。なぜならそれを覆い隠すのに建前を必要とするから)というのは、戦後になってやっと陽の目を得てきたのではないでしょうか?

吉田茂はサンフランシスコ講和条約には、和装でのぞみ、調印時に事務員から差し出されたペンを使おうとはせず、自分の懐から万年筆を取り出し、英語ではなく日本語でサインし、ネイティブ並みの英語力ながら敢えて日本語でスピーチしたと聞いています。

たとえばこれを、民族主義的な建前と評するのはいかがなものかと思います。

ところで、中曽根さんてのはどう評価されるのでしょうね。まだ現役ですけれど。日本人は彼をレーガン並に扱うでしょうか?(まだお元気でいらっしゃるので不謹慎ですね)。私は彼の思想を詳しく知らないのですが、とても尊敬する人物の一人であることは間違いないです。

Posted by: ちびた | May 15, 2005 at 09:40 AM

・ ちびた殿
 中曽根康弘の評価は、もうすこし先になると思います。「小泉改革」の成否次第かなと思います。

Posted by: 雪斎 | May 21, 2005 at 12:47 AM

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