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May 07, 2005

星が降るように輝いていた時間

 雪斎は、幼少の頃、「大きくなったら何になりたい」と思っていたのか。それは、実は天文学者である。雪斎が幼少期を過ごした自宅の周囲には、街灯らしきものは何もなかったから、日が落ちた後は真っ暗な空間であった。その代わり、星が降るように輝いていた。真冬の夜に眺めていた星空は、綺麗なものであった。

 最近、林完次著『宙(そら)の名前』という書を手に入れた。数々の天体写真の脇に、古来、日本人が満天に輝く星々をどのように呼んで来たかを綴った小文が添えられた書である。この書は、拙ブログの「the books」のコーナーにも追加した。
 たとえば、夏の南の空に赤く輝くさそり座の主星、アンタレスには、「赤星」、「酒酔い星」、「豊年星」という和名が付いている。秋の北天にW字型を示すカシオペア座は、「碇星」、「山形星」、「角違い星」といった和名が付されている。俳人・山口誓子も「碇星そこを通れる雁の声」という句を残している。誠に詩心を刺激する書である。
 雪斎は実感する。古来、日本人は、誠に情緒豊かな民族であった。また、同じ星々に違う名前を付けながら通用させてきた柔軟さは、いいものである。こういう詩情の豊かさや柔軟さをこそ、大事にしたいものである。
 青森・八戸を離れて二十一年、東京に出てきてからでも十四年目の春である。東京には何でもある。太田裕美が歌った『木綿のハンカチーフ』には、「恋人よ 君を忘れて 変わってく ぼくを許して毎日 愉快に過す街 ぼくは ぼくは帰れない」という一節があるけれども、一旦、東京に出てきて活動の拠点が出来上がってしまえば、幼少期を過ごした空間は、「遠くにありて思うもの」となる。雪斎も、もはや「何でもある空間」からは抜け出せなくなってしまったようである。しかし、東京には、「星が降るように輝く時間」だけはない。。

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Comments

小生も星は好きですが東京の空は星が少ない ライトUPやめれば少し変わるかもしれませんが 星を見ていると何か深遠なものを感じますね 家族も星空が好きです

Posted by: 星の王子様 | May 07, 2005 at 08:00 AM

・星の王子様殿
はじめまして。
日々、政治という俗事のことを考えるのを生業としている拙者にとっては、この「星の世界」の話はいいものです。ところで、セガトイズが面白そうなプラネタリウムを発売するようです。これは「買い」ですな。
http://www.megastar-net.com/news/news050415.html

Posted by: 雪斎 | May 07, 2005 at 12:28 PM

田舎から都市部にやってきて、そこに活動拠点をつくるとなかなか元の場所には、帰れないのかもしれません。
東京とあとは信州あたりにでも拠点を構えれば、学究と星を見上げる生活を両立させることができるかもしれませんね。

Posted by: ファガスの森 | May 07, 2005 at 08:34 PM

・ ファガスの森殿
 おひさしぶりでございます。
 仰るような生活が理想なのですけれども、相応のカネが必要な気がします。さて、来週の相場は、どうなるでしょうか。

Posted by: 雪斎 | May 07, 2005 at 11:48 PM

またお邪魔します。
「田舎の猛勉強よりも東京の昼寝」というような諺(?)もありますが、「東京には何でもある」と雪斎さんがおっしゃるように、やはりあらゆる情報が集積し、それらを比較的容易に入手できるという点で東京は、他のあらゆる地方よりも勝るということ何でしょうね。
雪斎さんの政治評論における視野の広さ、分析の的確さは、ご本人の資質から来ている事はもちろんですが、10年以上情報の大集積地たる東京に在住されているということも無縁ではないような気がします。

Posted by: 藤田 | May 08, 2005 at 12:34 AM

・藤田殿
 拙者は、「バブルの時代」には札幌の雪に埋もれた生活をしていまして、その後に東京に出てきたのです。却って、今では、それが良かったかなと思っています。教養とか見識とかを養わなければならない若い時分に都会で「泡踊り」などをやっていたら、今の仕事はできていなかったと思うからです。もっとも、それでも、一度くらいは、かの「ジュリアナ東京」で呆けた顔で有名な「お立ち台」を眺めてみたかったかなと思っています。

Posted by: 雪斎 | May 09, 2005 at 02:35 AM

やじゅんさんのところから流れてきました。初めまして。
私も幼いころの夢は天文学者でした。というより「幼年期の終わり」の主人公のように宇宙船に乗って遥に遥に遠くの星へ行きたい、という痛切なまでの衝動を持っていました。(実はまだ持っています)
だから美しい夜空が会った100年前に生まれたかったとか宇宙技術の発達した100年後に生まれたかったとか思ったりしたものですが、100年後には人類もいなかったりして。

Posted by: nabe | May 09, 2005 at 09:59 PM

・ nabe殿
はじめまして。
拙者が幼少の頃、観ていた特撮ヒーローものの番組というのは、多くが「宇宙」をキーワードにしていたと記憶しています。
ウルトラマンの故郷、「M78星雲」というのは望遠鏡で見えると思ったんですけどね・・・・

Posted by: 雪斎 | May 14, 2005 at 07:00 AM

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