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May 26, 2005

「国家目標」とは何か

■ 昨日 映画『亡国のイージス』についてのエントリーを書いたのであるけれども、雪斎は、百万部以上を売ったという原作を読んではいない。麻生幾氏の小説もそうであったけれども、日本の「軍事小説」は、細部は詳しいけれども全体の構成が今一つというのが多い。「戦術」の水準ならば中々であるけれども「戦略」(グランド・デザイン)が要請されるところは駄目だというのが、日本の性格であるけれども、そうした性格は、「軍事小説」にも当てはまっているのである。
 映画『亡国のイージス』の宣伝文には、次のような文面がある。
 「未曾有の経済的発展を享受しながら、理想も持たず、国家としての責任能力も自覚せぬまま世界進出を遂げた日本。バブル崩壊が経済を袋小路へと迷い込ませたとき、そこに我々が誇るべきものは何ひとつとして残らなかった。そして、2001年9月11日以降、空虚な理想論など決して許されぬ現実を突きつけられ、我々が見つめることになった未来とはどんなものなのか?あるべき国家の理想とはどんなものだったのか…」。

 雪斎は、日本の「誇り」とは何かと問われれば、「それは、『プロジェクトX』の物語の総和である」と答えることにしている。「バブル崩壊」は、決して日本を「焼け野原」から「経済大国」に変貌させた無数の人々の「それぞれの『プロジェクトX』の物語」を否定できない。『五箇条の御誓文』にも、「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス」とある。上は公卿・武家から下は庶民に至るまで、「其の志を遂げる」の社会を築くのが、明治維新の「理想」であった。その点、戦後六十年の歳月は、「よき時代」だったと呼ぶほかはない。
 下掲の論稿は、五年余り前に雪斎が『月刊自由民主』に寄せた最初の原稿である。この原稿は、発表当時、「○○(雪斎の本名)テイストに充満している」と評されたことがある。『月刊自由民主』という政党機関誌の性質上、この論稿は、余り多くの人々の眼に触れるに至らなかったけれども、このたび、「蔵出し」のつもりで公開してみよう。高坂正堯先生が吉田茂の対外認識を「商人的国際政治観」と呼んだのは有名な事実であるけれども、雪斎の対外認識の有り様もまた、基本的には「商人的」である。

  □ 「国家目標」を巡る随想

平成改元以降に我が国が直面した諸々の苦境の根に「国家目標」の喪失があると指摘されてから、既に相当な時間が経過している。この間、様々な議論が提起されたけれども、それは、新たな「国家目標」として国民諸層の中に定着するに至っていない。そのことは、冷静に振り返れば、当然至極のことであろう。昨今の議論は、「人権」、「自由」、「民主主義」といったように、往々にして、外からの「借り物」の概念に寄り掛って行なわれた嫌いがあったからである。しかし、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『リア王』にもあるように、「何もないところからは何も生じない("Nothing comes of nothing.")」のであれば、この「国家目標」に関する議論もまた、我が国の来歴を踏まえることなくしては、実を伴ったものとはなり得ない。逆にいえば、我が国が何を大事なものとして位置付けてきたかを虚心に顧みれば、新たな「国家目標」なるものも、自ずから焙り出されてくるはずである。
 明治以降、我が国の「国家目標」として想定されてきたのは、「欧米先進諸国に追い付き追い越す」ということであった。この想定の下で、明治期の「富国強兵」政策に始まり、日露戦争以後の「一等国」、第二次世界大戦の敗北、戦後の高度経済成長を経て、近年の「経済大国」に至るまで、我が国の諸事が進められてきた。それが、我が国の多くの人々が自らの国の来歴に関して抱いた了解であった。そして、従来、特に一九八〇年代以降、我が国での一般的な了解事項となっていたのは、日本が明治以来の「国家目標」を既に達成したということであった。また、前に述べたように、この目標達成に伴って生じた意識せざる喪失が、現下の我が国の右往左往に影を落としているという議論もまた、為されてきた。しかし、感そのような了解や議論は、果たして正しいものであろうか。西洋技術文明は、幕末期の日本人を震撼させたけれども、その成果を吸収し経済水準を引き上げるというのは、果たして「目標」であったのであろうか。
  この点、明治維新に際して、時代を先導していた我が国の指導層は、どのように、近代国家・日本の方針を考えていたのであろうか。そのことを明瞭に表示しているのが、慶応四年三月、明治改元の半年前、由利公正の起草、福岡孝弟と木戸孝允の修正によって発布された「五箇条の御誓文」に他ならない。以下、その全文を記すことにしよう。
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
このように、「五箇条の御誓文」には、「欧米先進諸国に追い付き追い越す」を方針として示した記述はない。無論、第五条には、「知識ヲ世界二求メ、大ニ皇基ヲ振起スベシ」とある。けれども、そのことは、「西洋からも学ぶべきところは学んで、日本が日本として存立する基盤を一層、確かならしめよう」という意味ではなかったか。「西洋に追い付く」というのは、「手段」であっても決して「目標」ではなかった。そのことが、今や、忘れられていないであろうか。事実、昭和二十一年元旦に渙発された昭和天皇の「新日本建設に関する詔書」では、「五箇条の御誓文」に関して、「叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン」と、その意義が確認された上で、戦後・日本の方針として、「須ラク此ノ御趣旨ニ則リ、旧来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲ暢達シ、官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豊カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ図リ、新日本ヲ建設スベシ」と記されている。この詔書の持つ意味は、国民各層が「旧来ノ陋習ヲ去リ」、「民意ヲ暢達シ」、「官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ」、「教養豊カニ文化ヲ築キ」ということに誠実に精励した上で、その結果として、「民生ノ向上」と「新日本の建設」とを実現せしめよということである。
評論家にして麗澤大学教授の松本健一氏によれば、現在とは、明治維新、第二次世界大戦後に続く「第三の開国」の時期なのであるけれども、我が国は、明治維新という「第一の開国」に際しても、敗戦直後という「第二の開国」に際しても、「五箇条の御誓文」を「国家目標」を表示するものとして位置付けてきたのである.私は、このような経緯を前にれば、現下の「第三の開国」に際しても、「五箇条の御誓文」を参照する意義は、確かにあると考えている。率直にいえば、「五箇条の御誓文」に宣明された近代日本の方針は、依然として貫徹されざるものなのではないか。「五箇条の御誓文」中、「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス」とある第三条は、現下の少年犯罪の先鋭化に象徴される社会の退廃を前にすれば、その実現までには明らかに途半ばの印象を抱かしめるものである。また、「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」とある第四条は、「天地の公道」の意味するものが御誓文発布当時は「万国公法」と呼ばれたものであり、特に湾岸戦争時の我が国が、この「万国公法」上の権利の行使や義務の履行に支障を来たしていたことを前にすれば、現下の我が国の対外的な課題をも表示したものであろう。
とすれば、現在を生きるわれわれに大事なことは、現下の我が国の置かれた立場に照らし合わせて、「五箇条の御誓文」に湛えられた我が国の価値意識を読み込み直すことである。更にいえば、「五箇条の御誓文」から現下の我が国が導きとすべき価値を呼び起こし、その価値を実際の政策の立案、遂行や社会の運営に生かすという構えが、われわれには求められるということである。そして、そのことが、とりもなおさず、「第三の開国」の時代に相応しい「国家目標」の設定へと結び付くのであろう。
 私は、結論を先に述べるならば、二十一世紀の到来を目前に控えた我が国が、「五箇条の御誓文」から呼び起こすべき価値とは、「進取性」と「開放性」の価値ではないかと考えている。「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス」、「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」、「智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ」という件から読み取れるものは、紛れもなく、そのような価値ではなかろうか。そして、我が国の課題とは、具体的な施策でいえば、人々の「強靭な精神」、「進取の精神」を奨励し、それを支える「開放性」を伴った社会制度を築くということにある。それは、象徴的にいえば、「陸」の上で物事を粛々と進める流儀というよりは、「海」の上で様々な情勢の変転と格闘しながら身を処すという流儀を重んじるということである。
 後年、明治期の日本海軍が範を取った英国海軍には、「洗練」の趣が漂っているけれども、その出発点には、未知の大海に敢然と漕ぎ出て行った無数の「エリザベス朝の船乗り」の「強靭な精神」、「進取の精神」があった。「エリザベス朝の船乗り」の中で最も高名なサー・フランシス・ドレークでいえば、彼は、航海家としての成功を収め陸に上がった後、プリマス市長、下院議員を歴任したけれども、結局は最後の航海で向かったスペイン領西インド諸島沖で客死した。少なくとも独立自営農民の出身で一介の水夫から成り上がったドレークにとって、「海」は、莫大な富、市長や下院議員という社会的な地位、そしてナイトの称号という名誉を与えはしたけれども、最後の最後まで「優しい空間」などではなかったのである。このように、「海」とは、誰にとっても、「強靭な精神」、「進取の精神」を持って臨まなければ進み得ない空間である。海上は、刻々、潮流や天候といった環境が変化し、人々は、その変化に絶えず注意を払っていなければならない。そして、海上では、一瞬の油断や判断の誤りが死に直結する。そこでは、決められたことを決められた通りに行なうという流儀は、通用しないのである。当然のことながら、一定の仕事を片付けて、それで安堵しようという姿勢は、海上では論外である。しかも、海上には、決まった道路などは存在しないから、人々は、その時々の情勢に従って自在に航路を設定しなければならない。「海」とは、紛れもなく、人々に対しては、普段からの緊張に耐える「強靭な精神」、あるいは自在に航路を設定する「進取の精神」を要求する空間なのである。
 しかしながら、従来、我が国は、四面環海という地勢的な条件を手にしていながら、「進取性」や「開放性」の価値を生かしてきたとはいえない。川勝平太教授が著した『文明の海洋史観』によれば、我が民族には、史上、三期に渉って海洋指向の時期があるけれども、その何れもが、白村江の戦、文禄・慶長の役、太平洋戦争といった対外敗北を経験している。そして、川勝教授によれば、「日本社会は海外からの撤退を余儀なくされるごとに、海洋指向から心機一転して内治指向に転じ、内治を優先して国内のインフラストラクチャーを整備して、新社会を生み出してきた」のである。しかしながら、川勝教授が言及した三度の敗北体験は、我が民族が「海」に乗り出した結果としての体験というよりは、我が民族が「海」を越えて中国大陸や朝鮮半島といった「別の陸」に乗り出した結果としての体験と呼ぶべきものである。この三度の敗北体験は、我が民族が「海」に乗り出し「海」で活動することに不得手な特質を持っていると断じる根拠にはならない。東南アジア各地に日本人町を形成した江戸時代初期の朱印船貿易、あるいは第二次世界大戦に至る二十数年間の「南洋」統治は、それ自体が失敗に帰したわけではない。このように考えれば、我が民族が、別段、「海」に乗り出し「海」で活動することに不向きだということもない。
実をいえば、「海」のような変転極まりない空間に乗り出すよりは、「陸」の上で安定した活動を日々、粛々と続ける方が好ましいという了解は、我が国の人々の思考を呪縛し続けてきた。振り返ってみれば、戦後、我が国の教育を巡る風景となったのは、「一流の大学、一流の会社」の掛け声に煽られた受験競争の激化である。しかし、その背景にあったのは、人々の「上昇指向」というよりは、「絶対的な安定への指向」であったのではないか。「一流の大学を経て一流の会社に入ってしまえば、余程の失策を犯さない限りは、定年、あるいは定年後までも生活が保障される」。これが、多かれ少なかれ、人々を突き動かしてきた動機であったのである。「安定しない仕事」という言葉が、我が国では一種、蔑みの響きを伴って使われてきたことは、そのことを如実に物語っていよう。そして、それは、「海」へ乗り出すに相応しい「強靭な精神」、「進取の精神」には、全く相反する風潮であったのではなかろうか。加えて、この風潮を裏付けたのが、終身雇用や年功序列賃金といった制度であり、それが、外部の人々に対しては明らかに「閉鎖的な」制度であったのは、あらためて指摘するまでもないであろう。
 現在、銀行を初めとする多くの企業が破綻し、リストラという名の人員整理が続く中で、我が国の多くの人々の「安定」への信念は、明らかに揺らいでいる。そして、その一方で、今後、産業の中核を占めることになるであろう情報の世界は、われわれが乗り出すべき「海」として浮上している。インターネット上で諸々のウェブ・サイトを閲覧するための代表的なブラウザーには、「エクスプローラー」(探険家)や「ナヴィゲーター」(航海家)といった名称が付されているけれども、そのことは、情報の世界の性格を考える上では、誠に示唆的である。情報通信手段の発達は、確かに陸海空という空間的な距離を人々に実感させないものにしたかもしれないけれども、それが出現させた世界は、海と同様、決められたことを決められた通りに行なうという流儀では進み得ない世界である。「グローバリゼーション」の趨勢の下、そのような「安定」とは無縁の世界が、今、われわれの前に開かれてきているのである。とすれば、そのような「不安定」の中で、「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス」の実現を図ることが、今後の我が国では基幹的な方針になるであろう。その際には、現行憲法典や教育制度を初めとして、戦後に築かれた諸々の制度が、再検証を迫れられよう。われわれの道程は、始まったばかりである。
『月刊自由民主』 (二〇〇〇年二月号)掲載

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Comments

 「五箇条の御誓文」・・・私達は日本史で必ずこの言葉を覚えさせられますが、「万機公論ニ決スヘシ」以外の中身が注目されることはまず無く、ましてやその中身を全てわかりやすく解説してくれる奇特な歴史の先生など皆無に等しいでしょう。
 私も恥ずかしながら、最初の「万機公論ニ決スヘシ」はおぼろげに知ってはおりましたが、三つ目の「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス」については、このような「宣言」があったのかと、改めて瞠目した次第です。
 「みながそれぞれの夢をかなえ、失望の無い世の中にしよう」・・・現在でも十二分に通用する何とも素晴らしく力のある言葉です。むしろ現在の日本社会に最も必要な言葉なのかも知れません。
 「何事(仕事、研究、勉強、その他)も、行き詰まった時には、原点に立ち戻るのが良い」とアドバイスを受けたことがありますが、日本(人)にとってこの「原点」とは、まさに「官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス」・・・なのかも知れませんね。

Posted by: 藤田 | May 26, 2005 at 09:37 PM

・藤田殿
コメントが遅れ相済みません。
仰るとおり、「御誓文」第三条は、由利公正の原案では第一条になっていたのですから、これが最も大事な条項なのだと思います。「皆がそれぞれの夢を叶え、失望することのない社会」というのは、凄い「理想」だと思います;。

Posted by: 雪斎 | May 29, 2005 at 03:39 AM

 米国の著名政治学者、サミュエル・ハンチントン氏が文明の衝突で述べるように、冷戦の終結やグローバリゼーションの席捲により、国家の相対的地位が低下し、代わりに文明というものの競合が世界情勢を動かす新たな力となってきている。
 このようななか、国家目標だけ議論しても不足してしまう。日本の社会は、日本人は、日本民族はどうしてゆけばよいのかを考えるべきなのでしょう。
 「鉄は国家なり」ということを鉄鋼業の方々が言いますが、このような背景の中、司馬遼太郎風に「鉄は日本文明」であると反論したくなります。そう考えると、新日鉄の社長が「ミタルに買収される助けて!」NHKに出演して公共の電波の無駄使いをしたり、世界最大級を自認する大同特殊鋼も防衛・軍事上特殊鋼は最重要物質だといって他国資本による買収への官製防衛策を請願したりしている背景は未だにここの経営者は「鉄は国家なり」と考えているからだと感じざるをえない。
 この2社は会社の規模を誇る体質があるが、こういう体質こそが地球環境対策などの研究開発型への移行を遅らせているのではと思われる。総量論的発想ではCO2は削減はおぼつかない。様々な制度的仕掛けと、細部にいたる技術開発の両輪で迎え撃たないといけない大問題とズレている。機関投資家にそういうと株価が上がるから言え!とせまられたと感じるのが関の山。
 せめて「ミタルに買収されるとCO2排出量は2倍になってしまう。」といってもらいたかった。

Posted by: 出雲井将 | July 06, 2007 at 11:32 PM

最近の鉄の考古学
いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な出雲の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と安来の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。

Posted by: 石田 | October 15, 2008 at 09:18 PM

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Tracked on May 26, 2005 at 03:26 AM

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