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May 27, 2005

「五箇条の御誓文」を読み解く・壱

■ 昨日、『中央公論』と『論座』の二誌分のゲラ・チェックを片付ける。この時期には、とにかく「やること」が集中する。「バブルの最盛期」の頃に、「黄色と黒は勇気の印、24時間闘えますか」というCMソングが流行っていたが、まさにそういう雰囲気である。

■ 昨日のエントリーに続き、原稿の「蔵出し」第二弾である。何だか夕飯の支度を「いわしの缶詰」を引っ張り出して来て済ましているような風情である。下掲の原稿は、丁度五年前に書いていたものである。

  □ 「月刊自由民主」寄稿 「五箇条の御誓文」を読み解く・壱

 本誌平成十二年三月号に寄稿した拙稿「国家目標を巡る雑感」において、私は、今後の我が国の国家目標を展望する上で、明治維新に際して発布された「五箇条の御誓文」を参照し直すことが大事であると指摘した。本欄では、今後、五度に渉って「五箇条の御誓文」の各条の持つ現代的な意義について、考察を進めることにしよう。
 一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
 「五箇条の御誓文」の第一条は、一般には我が国における民主主義手続きの意義を示したものの嚆矢として理解される向きがある。しかしながら、「万機公論ニ決スヘシ」の「公論」とは、後年に「民衆の意志」と呼ばれているものとは同一のものではない。実は、「五箇条の御誓文」の発布から半世紀後、大正デモクラシーの流れの中で、吉野作造は、「私の考では最良の政治と云ふものは、民衆政治を基礎とする貴族政治であると思ふ」と述べた。この吉野作造の見解は、「公論」の意味を考えるとき、重い響きをものである。本来、「公論」とは、自ら日常の生活に忙殺されないという余裕を持つ人々が、紛れもないアマチュアリズムの立場で展開するものであるからである。この点、大英帝国の最盛期、当時の英国指導層が、政治を「スポーツ」に類するものと位置付けていたのは、興味深い事実である。人々にとっては、「スポーツ」は、別段、それを行なわなければ生活が成り立たないという類のものではないけれども、一旦、それを手掛けたからには、多少の怪我を覚悟するほどまでに真摯な態度で取り組まなければならない。「スポーツ」に際して賭けられている価値は、名誉に他ならず、そのような名誉を守ることにこそ、人々が「スポーツ」に真摯に取り組む理由があった。従って、少なくとも近年までは、特にオリンピック競技などの場で、生活の糧を得る手段としての「スポーツ」が排除されていたのは、そのような「スポーツ」の位置付けを抜きにしては考えられない。そこでは、「スポーツによって生きる人々」ではなく「スポーツのために生きる人々」が、歓迎されたわけである。因みに、二十世紀初頭、マックス・ウェーバーは、「政治によって生きる人々」ではなく「政治のために生きる人々」の登場に期待を掛けたのであるけれども、そのことは、「政治」と「スポーツ」の類似性を前にする限り、至当なものであった。無論、日々の生活に追われる幾多の人々には、「政治」にも「スポーツ」にも関わることが期待されない。「公論」とは、然るべき余裕を持つ人々が然るべき行儀や作法に則って展開されるという意味では、実に貴族主義的な営みなのである。そして、「最良の政治は民衆政治を基礎とする貴族政治である」という吉野作造の見解は、その文脈から理解されるべきものであろう。
翻って、現在の我が国では、このような「公論」が行なわれる環境は、稀薄なものでしかない。本来、我が国の「公論」を第一義として担う立場にあるはずの政治家は、往々にして日々の活動に忙殺され、「公論」を展開する際に大事な余裕と真摯さを手にしていないところがある。その一方では、民主主義体制の意味についての誤った理解の下、住民直接投票の有効性が無邪気にして盛んに喧伝されている。「公論」を基にして国家運営に関わる諸々の政策判断を行なうというのが、民主主義体制の本旨であるにもかかわらず、「公論」としての作法に則っていない諸々の議論を通すことが、民主主義の名の下に正当化される雰囲気があるわけである。この情勢を前にすれば、どのように、政治家が政治家として「公論」を展開する際の余裕を担保するかということが、問われなければならない課題であろう。私は、その意味では、従来以上に「地方」の自律性は高めるべきであると考えている。その上で、地域の発展を考える役割は、第一義としては地方議員が担い、国政に携わる政治家は、国家全般を巡る「公論」を担うことに専心する。そのような仕訳をすることが、大事なことである。
 「五箇条の御誓文」第一条は、我が国の政治の直面する本質的な課題を照射しているのではなかろうか。
  『月刊自由民主』 (二〇〇〇年四月号)掲載

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