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May 31, 2005

貴ノ花の逝去

■ 昨日、名大関・貴ノ花が世を去った。彼は、その後、相撲界のしきたりに則って、藤島親方、二子山親方と名前を変えたけれども、雪斎にとっては、何時までも「貴ノ花」のままである。雪斎の幼少の頃、力士といえば、貴ノ花なのであった。
 ニュースによっては、貴ノ花は、北海道出身とも青森県出身とも伝えられているけれども、どちらなのであろう。雪斎は、彼が青森出身なのは自明だと思っていた。というのも、雪斎は、昭和五十年、貴ノ花が優勝した折、青森県内の熱狂を覚えているからである。

 相手の横綱・北の湖は、「憎たらしいくらいに強い」と評された力士だった。しかも、北の湖は、そのふてぶてしい態度によって完全な「ヒール」役の扱いであった。その「ヒール」を「角界のプリンス」が破ったのであるから、熱狂が日本列島を覆ったののも当然であろう。しかも、優勝旗を手渡したのは、実兄にして師匠、「土俵の鬼」と呼ばれた先代二子山親方であったはずである。それは、何と「感動的な」光景であったことか。
 「条件の悪さ」を克服して一時期は「栄光」を掴むけれども、結局は、その「条件の悪さ」に邪魔される。これが、良くも悪くも力士・貴ノ花の軌跡である。後年、高坂正堯先生の『文明が衰亡するとき』で紹介されたヴェネツィアの歴史に共感を覚えることができたのも、その歴史が、幼少期に鮮烈な印象を残した貴ノ花の軌跡に重なり合うものであったからだとも思っている。「条件の悪さ」とは、貴ノ花にあっては「軽量」であり、ヴェネツィアにあっては「国家としての基盤の弱さ」である。
 おそらく、「条件の悪さ」から出発して這い上がり、自分ではどうすることもできない「条件の悪さ」の故に、舞台から去っていくというのは、幾多の日本人にとっては最も「魂」を揺さぶられる話なのだろうと思う。前半は『太閤記』を典型とし、後半は『義経記』を典型とする。貴ノ花は、日本人の「血」を熱くさせる力士であったと思う。
 貴ノ花関、二子山親方。ありがとうございました。あなたは、私の「最初のヒーロー」の一人でした。謹んでご冥福をお祈り致します。

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Comments

 貴ノ花という力士には、私にとって生まれた時の名前の一字を頂いた対象として、また2代目貴乃花と同い年ということもあって、個人的に深い縁を感じております。
 私は、貴ノ花の現役時代より親方時代の卓越した“教育能力”に大きな関心を持っております。貴ノ花は、現役力士としては残念ながら超一流(頂点)を極めることは出来なかったわけですが、二横綱一大関を筆頭に数々の異能力士を角界に排出しました。過去、大横綱・名横綱と呼ばれた親方衆が、自分に迫る力士はおろか、関取さえなかなか排出できない状況を見ても、彼の“教育者”としての能力の高さは際立つと思います。
 現役としては超一流となれなくとも、「後進の指導」においてまた超一流となれる機会がある・・・。彼の存在は、多くの「指導者」と呼ばれる人々に大きな希望を与えるものであったと思います。
 

Posted by: 藤田 | June 01, 2005 at 07:01 AM

ふと思い出しました。10年位前のことだと思います。

たまたま乗ったタクシーの運転手が、当時、人気絶頂だった若貴兄弟を口を極めて罵り、ついでに双子山親方をも誹謗するので、関心のない私は、「ふーん、そんなにひどいんですかあ」と適当に相槌を打ってたら、「だって奴らは津軽の人間ですよ」と来た。

あの人は何だったんだろう?

Posted by: かんべえ | June 01, 2005 at 10:30 AM

どうでもいいですが、「双子山」ではなくて二子山親方です。若貴兄弟には逆恨みしています。だって飯が食えない頃に親に散々、「若様貴様と比べてお前はなんだ」と説教を食らったんだもの。帰省する度にうるさいので「二子山親方のうちに生まれたら、違う人生だったんだろうね」と言ったら、両親を黙らせることに成功しました。

青森県出身の方や富山県出身の方には特別に悪いイメージはないのですが、かんべえさんと雪斎先生のおかげで要注意に変わりました。国益のために夢はあるけれども、血も涙もないことを書かれている。ちょっと足りない民族主義者よりもおそろしいことをこともなげに書かれている。それも、いかにももっともらしく、まともに聞こえるところがおそろしい。「極悪かんべえ、非道雪斎」と異名を進呈したいぐらいです。この種の「極道」が大好きなお前はなんなんだという問いにはお答えしません。

嗚呼、二子山親方が現役のときにはファンでした。御冥福をお祈りしいたします。

Posted by: Hache | June 01, 2005 at 01:35 PM

・藤田殿
 案外、「横綱になれなかった」というのが、親方として頑張る原点だったかもしれません。
・かんべえ殿
 その運ちゃんは、余程、「津軽人」に酷い目にあったのかもしれません。ただ、若貴兄弟は「東京人」なはずですよね。
・Hache殿
わはは。エスプリが効いてますな。
「非道」と言われた立場からすると、「そうかもよ・・・」と反応してしまう「拙者は何だろうなと思ってしまいます。

Posted by: 雪斎 | June 02, 2005 at 03:08 AM

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