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May 08, 2005

ブッシュの「ヤルタ密約」批判

■ 『読売新聞』は、j「米大統領、ヤルタ会談を批判する演説」という見出しで次のような記事を配信した。
 

【リガ=菱沼隆雄】ブッシュ大統領は7日、リガ市内で演説し、第2次世界大戦末期の1945年に米英ソの3首脳が戦後の世界統治について協議したヤルタ会談での合意について、38年に英独間で結ばれた「ミュンヘン協定」などの「不正な伝統を引いている」として批判した。
 ブッシュ大統領はヤルタ会談の合意は、ドイツによるポーランド侵攻を招き第2次大戦の引き金を引いたとされるミュンヘン協定や、独ソ間の「モロトフ・リッベントロップ秘密議定書」の延長にあるものとして批判。「中東欧の人々を(共産体制下の)囚(とら)われの身とした歴史上最大の誤りとして記憶されなければならない」と述べた。
 また、「こうした行為が安定の名のもとに自由を犠牲にし、欧州大陸を分断し不安定にした」とも語った。

 ブッシュ大統領の「リガ演説」の全文は、既に公開されている。『読売新聞』記事が言及したヤルタ会議批判は、次の一節に示されている。
 

The agreement at Yalta followed in the unjust tradition of Munich and the Molotov-Ribbentrop Pact. Once again, when powerful governments negotiated, the freedom of small nations was somehow expendable. Yet this attempt to sacrifice freedom for the sake of stability left a continent divided and unstable. The captivity of millions in Central and Eastern Europe will be remembered as one of the greatest wrongs of history.

 ヤルタ会談は、日本人にとっても因縁深い。この会談に際して合意された対日秘密協定によれば、ドイツ第三帝国降伏の二ヵ月ないし三ヵ月後に、ソ連が対日参戦を決行し、その見返りとして日本領である南樺太の返還と千島列島の引渡しを受けるものとされた。ソ連の対日参戦は、小説『大地の子』が象徴する旧満州での邦人の惨劇、あるいは邦人将兵のシベリア抑留といった事態を生み、今に至る「北方領土問題」の発端となっている。
 無論、ブッシュの「リガ演説」におけるヤルタ協定批判は、その性格上、バルト三国の人々の「自由」を称揚することを直接の目的にしたものであろう。しかし、その「リガ演説」は、「長い平和」とも呼ばれた米ソ両国による戦後欧州共同支配の構図を批判したものでもある。これは、下手をすれば、「米国が戦後に行ってきた事柄」を否定するものとも受け止められかねない。その意味では、「リガ演説」は、後々の「論争の種」にもなりそうなものではある。
 しかしながら、米国にとっては、ヤルタ会談それ自体は余り面白くないものであるのは、間違いない。ヤルタ会議の折、当時の大統領であったフランクリン・ローズヴェルトは、既に死の影を濃くしており、その外交上の手腕は相当に落ちたものになっていた。事実、会談の二ヵ月後に大統領は世を去る。会議の主導権は、スターリンが握り、その相手をしていたのは、「秘密外交」を何とも思わない英国外交の気風を反映したウィンストン・チャーチルであった。米国にとっては、日本本土進攻に伴う途方もない犠牲を予想し、ソ連の対日参戦を取り付ける必要に迫られていたとはいえ、そして大統領それ自身の覇気が失せていたとはいえ、「米国が最も米国らしくない振る舞い」に及んでしまったのが、ヤルタでの密約であったのである。もっとも、そうではあっても、ヤルタ密約は、ローズヴェルトという米国の戦時指導者の手が入ったものである。ブッシュがヤルタ密約批判を行ったことには、彼が内政面でも展開している「ローズヴェルト的なるものの克服」と歩調を合わせているといえなくもない。
 雪斎が注目するのは、「リガ演説」におけるヤルタ批判が、ロシアの対日政策に影響を及ぼすことはないのであろうかということである。ソ連共産党政府時代以来、北方四島の「占拠」は、ヤルタ協定を盾にする形で続けられてきた。もし、「リガ演説」がヤルタ密約に対する疑義を示したものであるとするならば、それは、現在のロシア政府に引き継がれた北方四島の実効支配の根拠に疑義を投げ掛けるものでもある。戦後六十年の節目には色々なことが起こる。「歴史」の見直しも始まっているということであろうか。

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Comments

ウーン、ブッシュ大統領らしいですね.でも、溜池通信のかんべえさんがいつも強調されているように、ブッシュさんという人は、言ったことは本気な人ですからねえ.ヤルタ協定は、1945年時点での世界のパワーバランスを是認したものですから、理屈を言えば、ブッシュさんはその後の冷戦秩序の清算を言っているのかも.日本の北方領土に影響するかという視点も面白いと思いますが、朝鮮半島の分断もヤルタの結果と言えますね.北の民主化・・・?本気かも.

Posted by: M.N.生 | May 08, 2005 at 06:02 PM

これって5月9日にモスクワで行なわれる対独勝利60周年で、「あんまりいい気になるなよ」というシグナルかもしれませんね。プーチン政権の「先祖返り」はヒンシュク買ってますから。

Posted by: かんべえ | May 08, 2005 at 06:47 PM

いつも楽しみに拝見しております。

自らの勢力圏を東欧、ウクライナと次々に侵食されているロシアとプーチン。
追い込まれてナショナリズムという禁断の麻薬に手を出さなければ良いのですが・・・
ちょっと心配です。

Posted by: まったり | May 08, 2005 at 07:18 PM

ルーズベルトは確か民主党でしたよね?
関係ないですかね?

Posted by: roomer | May 08, 2005 at 10:48 PM

ブッシュ大統領はアメリカ社会をローズヴェルト以前の状態に戻すのが目標ですから、“第二次世界大戦でアメリカを勝利に導いた指導者”というローズヴェルトのイメージを切り崩して、地ならしするという意味合いもあったのかもしれません。
それにしても、同時多発以後の米露関係は米英同盟以上と評されたときもありましたが、大分様変わりしてきましたね。

Posted by: yu_19n | May 09, 2005 at 01:31 AM

・M.N生殿
・かんべえ殿
・まったり殿
・yu_19n殿
「リガ演説」は、就任演説で示した「自由の拡大」という方針の各論みたいなものですな。要するに、「冷戦期、中欧や東欧に自由を拡大できなかった。済まん…」という趣旨なのです。ブッシュらしいといえばブッシュらしいのですが、ちょっと怖いなという気がしないでもありません。


・roomer殿
はじめまして。
ブッシュは、ローズヴェルト民主党政権以来の路線の克服を目指しているのは間違いないのですが、そのことは対外政策の文脈でどのように把握するべきかは別に考える必要があると思われます。

Posted by: 雪斎 | May 09, 2005 at 02:20 AM

ブッシュ大統領の意図とは異なるでしょうが、現在の米露の力関係を露骨に反映した演説のように思いました。これだけ露骨にものが言えるのは、大統領の個性もさることながら、自由と民主主義の拡大が現実に進んでいるということが背景にあるのでしょう。勝手ながら以下、思いつくままに。

ロシアや中国は、形態はいろいろあるけれども、専制国家としての歴史が長い。これらの国の民主化に過度の期待は禁物だと思う。私自身は、民主主義が政体として長期間にわたって機能する理論的な理解に欠けるけれども、ロシアや中国で民主化が成功するかどうか、歴史から見ると疑問を感じる。他方で彼らが望めば、民主化そのものは止めようがない。

『溜池通信』で「初期民主主義は失敗する」という岡崎仮説が紹介されていた。この仮説にしたがうと、かなりの国で民主化の失敗が生じる。ナイーブな発想だが、アメリカは民主主義の拡大以上に民主主義の失敗にエネルギーを注がざるをえなくなるかもしれない。この認識がある程度、正しければブッシュ政権の任期をはるかに超えた課題になるだろう。これを乗り切れば、少なくとも半世紀ぐらいは世界的に安全と繁栄が続くかもしれない。

Posted by: Hache | May 09, 2005 at 02:33 AM

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