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May 31, 2005

貴ノ花の逝去

■ 昨日、名大関・貴ノ花が世を去った。彼は、その後、相撲界のしきたりに則って、藤島親方、二子山親方と名前を変えたけれども、雪斎にとっては、何時までも「貴ノ花」のままである。雪斎の幼少の頃、力士といえば、貴ノ花なのであった。
 ニュースによっては、貴ノ花は、北海道出身とも青森県出身とも伝えられているけれども、どちらなのであろう。雪斎は、彼が青森出身なのは自明だと思っていた。というのも、雪斎は、昭和五十年、貴ノ花が優勝した折、青森県内の熱狂を覚えているからである。

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May 29, 2005

『小泉総理、靖国神社参拝の歌』

■ 昭和四十年代後半、『激しい恋』(昭和49年5月25日シングルリリース)という歌が流行っていた。歌っていたのは、当時、「新御三家」の一人として人気の絶頂にあった西城秀樹である。この時期の歌というのは、何故か、色々と頭に残っているものである。

やめろと言われても 今では遅すぎた
激しい恋いの風に 巻き込まれたら最後さ
やめろと言われても 一度決めた心
この身を引き裂くまで
恋にこがれて やかれて
もしも恋が かなうならば
どんなことでもするだろう
僕の人生を変えてしまうのか
黒い 黒い 瞳の誘惑

やめろと言われたら 死んでも離さない
地の果てまでも行こう 君をこの手に抱くなら
やめろと言われたら よけいに燃え上がる
この身引き裂くまで
恋にこがれて やかれて
切ない胸 夜はふける
これが恋の 仕打ちなのか
僕の人生を 狂わせるような
黒い 黒い 瞳の誘惑

 この歌詞を見ながら思い浮かべたのは、小泉純一郎総理が靖国神社参拝に寄せる心理である。雪斎は、これの替え歌として、『小泉総理、靖国神社参拝の歌』を詠んでみる。

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May 28, 2005

「五箇条の御誓文」を読み解く・弐

■ 昨日、フィリピン・ミンダナオ島で旧日本軍兵士が見つかるという報道が流れる。報道されているとおりだとするならば、これは、相当な波紋を投げ掛ける「事件」になりそうである。多分、来月中旬頃には、旧日本兵の帰国が実現し、その模様を各種メディアは、何時もの例に漏れず集中豪雨的に報ずるであろう。そして、その印象が残ったまま、「熱い八月」を迎える。
 もし、この旧日本兵が「戦友との約束」を果たすために靖国参拝を希望し、それに小泉純一郎総理が付き添うということにでもなれば、おそらくは、国内では誰も文句はいえまい。昔日、小野田寛郎少尉が帰国した折、「何がつらかったか」と問われた少尉は、「戦友を失ったことだ」と答えた。軍歌『同期の桜』にも、「花の都の靖国神社、春の梢に咲いて逢おう」という一説がある。
 六十年の歳月は、余りにも長い。そうであればこそ、六十年の歳月を経た「浪花節」の世界の前には、中途半端な理屈は、総て吹っ飛びそうである。その時、中国政府が、どのように反応するであろうか。これは、読めない。

■ 昨日のエントリーに続き、原稿の「蔵出し」第三弾である。下掲の原稿は、丁度五年前に『月刊自由民主』に書いていたものであるけれども、折角のことだから五回連続の原稿を順次、公開することにしよう。
 この論稿における「経綸」の意味は、現在、一般的に用いられている「見識」といったものよりは、「エコノミー」という言葉で想起されるものに近い。実際、往時、〈economy〉の語に与えられた訳語として「経済」よりも「経綸」が使われた事実は、そうした事情を示している。もっとも、『五箇条の御誓文』に影響を与えたのが、坂本龍馬の発想であったのは、有名な故事であるし、坂本龍馬が明治以後も生き延びていたら「日本初の商社マン」になっていたであろうというのは、余りにも平凡な推測である。『五箇条の御誓文』にも、「経済立国」の理念が投射されているのである。

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May 27, 2005

「五箇条の御誓文」を読み解く・壱

■ 昨日、『中央公論』と『論座』の二誌分のゲラ・チェックを片付ける。この時期には、とにかく「やること」が集中する。「バブルの最盛期」の頃に、「黄色と黒は勇気の印、24時間闘えますか」というCMソングが流行っていたが、まさにそういう雰囲気である。

■ 昨日のエントリーに続き、原稿の「蔵出し」第二弾である。何だか夕飯の支度を「いわしの缶詰」を引っ張り出して来て済ましているような風情である。下掲の原稿は、丁度五年前に書いていたものである。

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May 26, 2005

「国家目標」とは何か

■ 昨日 映画『亡国のイージス』についてのエントリーを書いたのであるけれども、雪斎は、百万部以上を売ったという原作を読んではいない。麻生幾氏の小説もそうであったけれども、日本の「軍事小説」は、細部は詳しいけれども全体の構成が今一つというのが多い。「戦術」の水準ならば中々であるけれども「戦略」(グランド・デザイン)が要請されるところは駄目だというのが、日本の性格であるけれども、そうした性格は、「軍事小説」にも当てはまっているのである。
 映画『亡国のイージス』の宣伝文には、次のような文面がある。
 「未曾有の経済的発展を享受しながら、理想も持たず、国家としての責任能力も自覚せぬまま世界進出を遂げた日本。バブル崩壊が経済を袋小路へと迷い込ませたとき、そこに我々が誇るべきものは何ひとつとして残らなかった。そして、2001年9月11日以降、空虚な理想論など決して許されぬ現実を突きつけられ、我々が見つめることになった未来とはどんなものなのか?あるべき国家の理想とはどんなものだったのか…」。

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May 25, 2005

映画『亡国のイージス』鑑賞

■ 昨日夕刻以降、映画『亡国のイージス』の完成披露試写会に招かれて、鑑賞する。試写の前に、真田広之さん、中井貴一さん、佐藤浩市さんらの出演者が挨拶する。こういう光景を眼にするのは、滅多にない機会であった。舞台挨拶での様子は、この三人の俳優は本当に仲が良いのだな思わせられる。試写会に顔を出せなかった寺尾聡さんがビデオ・レターでメッセージを寄せている。内閣総理大臣を演じていたのが、原田芳雄さんである。日本俳優界の「至宝」を揃えたという雰囲気である。因みに、NHK大河ドラマの巨峰は、一九八〇年代末に三年続いた『独眼竜政宗』、『武田信玄』、『太平記』であろうけれども、それぞれに主演したのが、渡辺謙さん、中井貴一さん、真田広之さんだった。『亡国のイージス』に渡辺謙さんも出演していたら、凄いことになっていたような気がする。
 招待客の中に、石破茂前防衛長官、赤松正雄衆院議員の姿を確認する。目立っていたのが、海上幕僚長以下、海上自衛隊「制服組」の人々である。防衛庁、海上・航空両自衛隊の全面協力の下に下に製作された映画だから、そうしたことになるのであろう。確かに、気合の入った撮影であったと思う。

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May 24, 2005

嗚呼、「蛮カラ」の日々よ。

■ 昨日午前零時過ぎに『NHKアーカイブス』の枠内で放映されたのは、「東北アワー『バンカラ街道80キロ ~福岡高校応援団の25時間~』」であった。誠に懐かしさを感じさせる番組であった。というのも、雪斎の母校、青森県立八戸高校の応援団も、そうした「蛮カラ」の伝統に連なるものであったからである。「蛮カラ」が、どういうものかは、こちらの八戸高校OBによるサイトが丁寧に伝えている。何故か、今でも奥州旧南部藩領内の高校には、そうした「古き良き」気風が残っている。口さがない連中は、「生きた化石」と評するのかもしれないけれども、雪斎にとっては、それは「古き良き」気風以外の何物でもない。

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May 22, 2005

『漢書』が示す日本の安全保障・各論三

■ 政党の機関紙や機関誌に原稿を寄せることは、政治学徒にとっては、どのような意味を持つのであろうか。それは学徒としての「堕落」を意味するという声は、まだまだ根強いかもしれない。しかしながら、一九三〇年代の英国で活躍したハロルド・ラスキは、英国労働党の政策立案に深く関与し、一部から「労働党のパンフレット・ライター」と揶揄されたこともある。しかし、だからといって、ラスキが「堕落した政治学者」などとは、誰も言うまい。結局、政治学徒にとっては「何を語ったか」が大事なのである。
 自由民主党の機関誌『月刊自由民主』「論壇」欄に毎月、原稿を寄せるようになってから、既に五年余りの歳月が経っている。この間、編集部からクレームが付いたのは、田中康夫長野県知事が再選を果たした選挙の折、長野県連の対応に噛み付いた原稿が、唯一の事例である。自民党という政党にとっては、「政策」に幅があるのは全然、構わないけれども、選挙の折に「同士討ち」みたいなことになるのは、困るのであろう。逆にいえば、「政策」に関した原稿であれば、何を書いてもオーケーである。それは、自民党の「度量」を象徴しているような雑誌である。

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May 21, 2005

「赤い河の谷間」の風景

■ 『赤い河の谷間』という歌を知っていますか。雪斎が小学生の頃、音楽の教科書に載っていた歌である。訳詞の全文は、次の通りである。

サボテンの花さいてる
砂と岩の西部
夜空に星がひかり
おおかみなく西部

赤い河の谷間よ
きりたつ岩山よ
昼なお暗い森よ
通る人もたえて

牛の声はみどりの
草はらのかなたへ
高く低く流れる
赤い河の谷間

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May 20, 2005

日米関係と「浪花節の世界」

■ 『溜池通信』「不規則発言」欄を読んでいていて考えたことがある。日本人にとって最も波長の合う異国は、米国である。それは何故なのか。世の人々は、ハリウッド映画やメジャー・リーグの影響を指摘するし、他の人々は、「自由」の価値の共有を指摘する。かんべえ殿は、「浪花節の世界が判るのは、米国と英国だけだ」というのを持論にされておられる。雪斎は、この「浪花節の世界」の共有という点は、かなり大事だと考えている。
 因みに、日本人の浪花節の世界を表わす「ど演歌」の中で、雪斎が「いかにも…」と思うのは、都はるみと岡千秋が歌った『浪花恋 しぐれ』(作詩/たかたかし、作曲/岡千秋) である。歌詞全文は、以下の通りである。

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May 19, 2005

戯言050519

■ ただ今、午前1時半現在、原稿執筆、「追い込み」作業中。
■ ただ今、午後4時、『論座』に寄稿する原稿を編集部に提出する。
  長い間、「保守派」と目されてきた雪斎が、「リベラル派」の可能性と課題を生真面目に論じた原稿と相成る。
  急いで書いた原稿ではあるけれども、「こういう原稿を書いてみたかった…」という原稿である。
■ 一休みの上、『中興公論』「論点2005欄」原稿の執筆に「転進」である。
  締め切りは明日。

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May 16, 2005

「赤いシリーズ」復活

■ 今となっては旧聞に属する話であるけれども、1970年代後半にTBS系で放映されていたドラマ・シリーズに「赤いシリーズ」というのがあった。この「赤いシリーズ」が順次、リメークされるのだそうである。この件は、こちらのニュースが詳しく伝えている。


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May 14, 2005

「建前」の効用

■ 昨日午前、久しぶりに「永田町」に足を運ぶ。自民党T・Y議員を訪ねる。Y議員は本当に手堅い政治家だと思う。その後、民主党A・N議員と自民党I・0議員の事務所に立ち寄る。アポイントなしで立ち寄ったので、両議員とも不在。事務所のスタッフの方々に歓迎してもらう。ありがとうございます。

■ 福沢諭吉は、『福翁自伝』で次のようなエピソードを紹介している。幼少期の福沢は、迷信の真偽を確かめるため、神社の祠から御神体を持ち出し代わりに道端の石を入れたり、祈祷札でお尻を拭って罰が当たるかを試してみたりしたのである。また、坂本龍馬と妻が「日本発の新婚旅行」の折に霧島山頂上の逆鉾を抜いて逆に刺す悪戯をしたエピソードは、有名である。

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May 13, 2005

戯言050513

■ 更新のスピードが落ちている。北朝鮮核、日本人傭兵の話など、書くべきネタは幾らでもあるのだが…。

■ ただ今、朝日新聞『論座』に寄せる原稿を執筆中である。
  他に、『中央公論』「時評0005」欄原稿の新ネタも仕込みの最中である。

■ 昨日、TBS系夜九時のドラマ『夢で逢いましょう』を観る。海上自衛隊が撮影に協力しているドラマだそうである。ヒロインの父親が海上自衛官という設定である。家庭人としての「等身大の自衛官」が描かれるドラマが作られるようになったかと思えば、かなり感慨深い。

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May 10, 2005

『中央公論』「時評2005」原稿・#6

■ 歴史において「事実」は一つであるけれども、その「解釈」は多様である。歴史の「解釈」の有り様は、しばしば、それぞれの「今」を生きる人々にとって「こうあって欲しい」という価値観の反映であることがある。だからこそ、エドワード・ハレット・カーは、「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去の間の尽きることを知らぬ対話である」という有名な言葉を残したのである。
 ところで、『毎日新聞』(五月八日付)は、「<日中外相会談>関係修復へ向け対話強化で一致」の見出しで次のように伝えている。
 

町村信孝外相は7日、中国の李肇星外相と京都市のホテルで1時間半会談し、反日デモで悪化した日中関係の修復へ向け対話を強化することで一致した。東シナ海のガス田開発に関する実務者協議や次官級による総合政策対話を今月中に実施することで正式に合意したほか、先月17日の外相会談で町村外相が提案した歴史共同研究を進めることなどを確認した。

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May 08, 2005

ブッシュの「ヤルタ密約」批判

■ 『読売新聞』は、j「米大統領、ヤルタ会談を批判する演説」という見出しで次のような記事を配信した。
 

【リガ=菱沼隆雄】ブッシュ大統領は7日、リガ市内で演説し、第2次世界大戦末期の1945年に米英ソの3首脳が戦後の世界統治について協議したヤルタ会談での合意について、38年に英独間で結ばれた「ミュンヘン協定」などの「不正な伝統を引いている」として批判した。
 ブッシュ大統領はヤルタ会談の合意は、ドイツによるポーランド侵攻を招き第2次大戦の引き金を引いたとされるミュンヘン協定や、独ソ間の「モロトフ・リッベントロップ秘密議定書」の延長にあるものとして批判。「中東欧の人々を(共産体制下の)囚(とら)われの身とした歴史上最大の誤りとして記憶されなければならない」と述べた。
 また、「こうした行為が安定の名のもとに自由を犠牲にし、欧州大陸を分断し不安定にした」とも語った。

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May 07, 2005

星が降るように輝いていた時間

 雪斎は、幼少の頃、「大きくなったら何になりたい」と思っていたのか。それは、実は天文学者である。雪斎が幼少期を過ごした自宅の周囲には、街灯らしきものは何もなかったから、日が落ちた後は真っ暗な空間であった。その代わり、星が降るように輝いていた。真冬の夜に眺めていた星空は、綺麗なものであった。

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May 04, 2005

「方便」としての謝罪、「術策」としての謝罪

■ 二〇〇一年十月、雪斎は『産経新聞』「正論」欄上に「『謝罪』には危うさありと知れ」と題された原稿を発表したことがある。下掲がその全文である。

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May 02, 2005

民族主義者・西郷と現実主義者・大久保

■ 司馬遼太郎作品を下敷きにしたNHK大河ドラマ『翔ぶが如く』の一つの見せ場は、「征韓論争」を舞台にした西郷隆盛と大久保利通の対決シーンである。西田敏行さん演じる西郷、鹿賀丈史さん演じる大久保が、次のように火花を散らせたシーンは、忘れがたいものがある。それは、新政府に対する不満を抱えた士族とともにを朝鮮に乗り込み落命したとしても、、「人が死んで死んで死んで、その後でまた誰かが新しい政府を作ればいい」と言い放った西郷に、大久保が反駁するシーンである。
  大久保利通  「そいは暴論ごわす!」
  西郷隆盛   「何が暴論かッ!」
 鹿賀丈史さん演ずる大久保は、写真で観る大久保に余りにも似すぎていた。雪斎には、伊達政宗のイメージが渡辺謙さんで固まったのと同様に、大久保のイメージは鹿賀丈史で固まった。鹿賀さんの演技は、それくらい鬼気迫るものであった。
 因みに、日本テレビ系で放映された年末時代劇『田原坂』でも、西郷・里見浩太郎、大久保・近藤正臣という布陣で似た場面が取り上げられている。この作品にも、近藤正臣さん演ずる大久保の次のような印象深い科白がある。西郷に去られた大久保が窓の外を眺めながら独白するシーンである。
 「本当に西郷どんは政治に向いておらん。お前さんのは精神論だ。日本では通用しても、外国で腹芸は通用しない…」。

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