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May 28, 2005

「五箇条の御誓文」を読み解く・弐

■ 昨日、フィリピン・ミンダナオ島で旧日本軍兵士が見つかるという報道が流れる。報道されているとおりだとするならば、これは、相当な波紋を投げ掛ける「事件」になりそうである。多分、来月中旬頃には、旧日本兵の帰国が実現し、その模様を各種メディアは、何時もの例に漏れず集中豪雨的に報ずるであろう。そして、その印象が残ったまま、「熱い八月」を迎える。
 もし、この旧日本兵が「戦友との約束」を果たすために靖国参拝を希望し、それに小泉純一郎総理が付き添うということにでもなれば、おそらくは、国内では誰も文句はいえまい。昔日、小野田寛郎少尉が帰国した折、「何がつらかったか」と問われた少尉は、「戦友を失ったことだ」と答えた。軍歌『同期の桜』にも、「花の都の靖国神社、春の梢に咲いて逢おう」という一説がある。
 六十年の歳月は、余りにも長い。そうであればこそ、六十年の歳月を経た「浪花節」の世界の前には、中途半端な理屈は、総て吹っ飛びそうである。その時、中国政府が、どのように反応するであろうか。これは、読めない。

■ 昨日のエントリーに続き、原稿の「蔵出し」第三弾である。下掲の原稿は、丁度五年前に『月刊自由民主』に書いていたものであるけれども、折角のことだから五回連続の原稿を順次、公開することにしよう。
 この論稿における「経綸」の意味は、現在、一般的に用いられている「見識」といったものよりは、「エコノミー」という言葉で想起されるものに近い。実際、往時、〈economy〉の語に与えられた訳語として「経済」よりも「経綸」が使われた事実は、そうした事情を示している。もっとも、『五箇条の御誓文』に影響を与えたのが、坂本龍馬の発想であったのは、有名な故事であるし、坂本龍馬が明治以後も生き延びていたら「日本初の商社マン」になっていたであろうというのは、余りにも平凡な推測である。『五箇条の御誓文』にも、「経済立国」の理念が投射されているのである。

  昭和四十五年、三島由紀夫は、「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このままいつたら『日本』はなくなつて、その代わり、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気になれなくなつてゐるのである」と書いた。雪斎は、この三島の言葉遣いは、結局は「文士の観念論」だと思う。三島は、自分の目の前にある「経済大国」が、『五箇条の御誓文』によって打ち出された「目標」が曲がりなりにも成就された姿であることを、どこまで認識していたのでえあろうか。雪斎は、やはり結局、三島とは重なり合うことが出来なかったようである。

  □ 「月刊自由民主」寄稿 「五箇条の御誓文」を読み解く・弐

 本誌前号において、私は、「五箇条の御誓文」(以下、「御誓文」と略)第一条を現代の観点から読み解き、その意義を考察した。本欄では、「御誓文」第二条の意味を考えることにしよう。
 一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
 「経綸ヲ行フ」というのは、端的にいえば、「経済を振興させる」ということである。つまり、「御誓文」第二条の趣旨は、国民それぞれが一丸となって「経済の振興」を図るべきであるということである。これは、後の「富国」路線を根拠付けたと見ることもできるけれども、「御誓文」起草者である由利公正が念頭に置いたのは、我が国が近代国家として必要とする経済上の裏付けを整備することに他ならないのである。事実、由利公正が手掛けたのは、太政官札発行に象徴される幣制改革のように、近代経済社会の基底を支えるものであった。明治新政府揺籃期の財政は、由利公正の手腕に負うところが大きいのである。
 ところで、「上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ」という「御誓文」第二条の件は、現下の我が国の情勢を前にするとき、どのような意味を持つのであろうか。無論、現在の我が国が少なくとも「経済大国」と称される国際的な地位を占めていることが、この「御誓文」第二条の目標が達成された結果であると指摘する向きもあるかもしれない。しかし、このような指摘は、本当に正しいのであろうか。
 昨今、経済停滞が長引く中で繰り返し喧伝されてきたのは、「ヴェンチャー・ビジネス支援の意義」ということである。しかし、「盛ニ経綸ヲ行フ」という観点からすれば、「ヴェンチャー・ビジネスの意義」は、至極、当然の条件である。むしろ、目下、「ヴェンチャー・ビジネスの意義」が声高に叫ばれることには、「盛ニ経綸ヲ行フ」ということが掛け声だけのものに堕していた事情が反映されている。事実、従来の我が国では、既に評価の定まった企業への指向は、自明のように是とされてきた。これは、人々が自ら「盛ニ経綸ヲ行フ」というよりは、然るべき企業の庇護の下に安住しようという精神の表れといえなくもない。反面、たとえば米国では、優秀な人材ほど自ら起業家になる場合が多いのであるけれども、そのことは、従来の我が国に比べ米国の方が、結果としては「盛ニ経綸ヲ行フ」ための実質的な社会土壌を備えていることの証左でもある。
 また、戦後の我が国で実行された諸々の政策には、その当初の意図はともかく実態としては、人々が「盛ニ経綸ヲ行フ」のに制約を課すものとして作用するのが、決して少なくなかった。具体的にいえば、様々な経済活動に際して、必要とされる限度を越えた規制や保護を設ける施策は、人々が「盛ニ経綸ヲ行フ」のを実効ならしめるという観点からは、どのように考えても合理性を持ちにくい。加えて、従来の租税制度は、高率の所得税、法人税、相続税を内容としていたのが災いして、人々が「盛ニ経綸ヲ行フ」動機を著しく阻害してきた。そして、戦後の我が国では、そのような実態が、平等主義思潮の広汎な席巻の下で是とされてきたのである。しかし、国家の枠組の中で進められる諸々の政策は、人々が「盛ニ経綸ヲ行フ」のを奨励、支援するものでなければならない。そうでなければ、国家による政策は、人々の「依存の心性」を加速させるだけであろう。そして、そのような「依存の心性」の弊害が至る処に浮上し始めているのが、近年の我が国の姿なのではないか。
 過去十年、経済停滞からの脱出を目指して、実に様々な処方箋が示されてきた。しかし、「五箇条の御誓文」第二条を前にする限りは、われわれが手にすべき処方箋は、結局のところは実に単純なものなのではなかろうか。要は、国民がそれぞれの立場で「盛ニ経綸ヲ行フ」ようにさせるということである。前に述べたように、従来の産業政策は、諸々の規制の下に、その「盛ニ経綸ヲ行フ」のを阻む方向に作用する嫌いがあった。危機の克服への鍵は、割合、身近なところにあるのである。
  『月刊自由民主』(二〇〇〇年五月号)掲載

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