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April 08, 2005

対韓姿勢と「日本の美学」

■ 昨日、外務省内で研究会が開催される。参集したのは、学界関係では東京大学のT先生とK先生、京都大学のN先生、慶応大学のT先生、政策研究大学院大学のK先生、そして雪斎であり、ジャーナリズム界から朝日新聞のY記者、外務省からはT審議官、I調整官、O課長といった具合である。
 研究会中、雪斎が何を勘違いしたのか「ボビー・オロゴン」の話を持ち出したら、座を占めていた方々の多くが彼を知っていたというのには驚いた。
 研究会後、場所を移して懇談する。話題は、時節柄、やはり日韓関係であった。

■ 朝日新聞の若宮啓文論説主幹は、『朝日新聞』(3月27日付)「風考計」欄に「竹島と独島 これを『友情島』に…の夢想」と題されたコラムの中で次のように書いている。

 

例えば竹島を日韓の共同管理にできればいいが、韓国が応じるとは思えない。ならば、いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する。
 見返りに韓国はこの英断をたたえ、島を「友情島」と呼ぶ。周辺の漁業権を将来にわたって日本に認めることを約束、ほかの領土問題では日本を全面的に支持する。FTA交渉も一気にまとめ、日韓連携に弾みをつける――。
 島を放棄と言えば「国賊」批判が目に浮かぶが、いくら威勢がよくても戦争できるわけでなく、島を取り返せる見込みはない。もともと漁業のほかに価値が乏しい無人島だ。元住民が返還を悲願とする北方四島や、戦略価値が高い尖閣諸島とは違う。
 やがて「併合100年」の節目がくる。ここで仰天の度量を見せ、損して得をとる策はないものか。いやいや、そんな芸当のできる国でなし、だからこれは夢想に過ぎないのである。

 三日前に若宮論説主幹と言葉を交わした折に、主幹は「これは反発を受けそうだな…」と話していた。ただし、雪斎は、韓国のメディアが「独島を韓日共同管理に」と提案したら、どうなるのであろうかと想像してみる。こうした提案をすれば、おそらくは韓国国内では袋叩きに遭うであろうし、こうした提案を行う知識人は、韓国では生きていけないであろう。若宮主幹の提案は、雪斎にはにわかに同意しかねるものではあるけれども、その提案それ自体は、「日本社会の度量」を象徴しているところがある。雑誌「正論」や「諸君」辺りからは、若宮主幹の提案は、強い批判を浴びそうであるけれども、今の時期に若宮主幹の提案が世に示されたことは、日韓両国社会における「度量」の差を際立たせる意味では、却って良かったのではないか。「度量]や「余裕」は、「美しさ」の前提である。
 全くの仮定であるけれども、米国政府が竹島領有権に関して「『竹島は日本領土である』という日本政府の立場を理解し、支持する」という声明を出したら、韓国は、どうするのであろうか。まさか、島根県議会前で自分の指を切って抗議しようとしたソウル市議会議員のように、連邦議会前で「血の抗議」をやるつもりであろうか。雪斎は、韓国の烈士には、是非、それをやってもらいたいと思っている。自ら「壮士」、「国士」を気取る輩が、余り役立たないのは、昔の日本でも今の韓国でも同じようである。
 大体、韓国の人々が「抗議運動」の最中で「熱くなっている」光景を前にして、日本の平均的な人々が抱く反応は、「いい年をした大人が、何故、あんなに熱くなっているのかね…」というものではなかろうか。公衆の面前で感情を剥き出しにするのは、少なくとも「日本の美学」には相反する振る舞いである。どんなに苦しく不興を感じたときでも、歯を食いしばって淡々として生きていくというのが、「日本の美学」なのである。古くは黒澤明監督映画における志村喬や三船敏郎、小津安二郎監督映画における笠智衆、高倉健、最近では『ラスト・サムライ』における渡辺謙の演技は、「日本の美学」を表現しているし、そうした映画が西欧世界や米国で博している評価は、「日本の美学」が彼地の人々にとっても受け容れやすいものであることを示している。実際、英国のパブリック・スクールの教育の中では、延々と続くクリケットの試合などを通じて、「上唇を引き締める」ことをしながら難局に相対する姿勢が、叩き込まれるのだそうである。「封建社会を経た日本は、中国や朝鮮半島よりも、同じ封建社会を経た西欧世界のほうに親和性がある」というのは、かの梅棹忠夫学説の重要な命題であるけれども、そうした「武士道」や「騎士道」、「紳士道」の共通性の意味は、きちんと理解されるべきであろう。
 このように考えれば、難事に際して「冷静に対処する」という姿勢は、たんなる外交上の流儀の観点からというよりも、広く「日本の美学」の観点から、その意義が強調されるべきであろう。ジョージ・F・ケナンもまた、「敵」に張り合おうとする余りに「敵」に似た思考態度に陥り、結果として自らの「美風」を失うことの愚を諭していた。物事は「美しい」ことが何よりも大事である。

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Comments

受け継がれてきた行動規範を持っていて、そしてそれが普遍的な価値観であるというのは幸せなことですよね。
しかし、この実践となると本当に鍛錬が必要で情けないかぎりの日々です。。。もういちど、S.スマイルズの「自助論」を読み返そうかしらと思っています。

Posted by: さくら | April 10, 2005 at 09:50 PM

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