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April 05, 2005

フィンランド考

■ 雪斎は、言論の世界では「親米派」と目されている。しかし、雪斎は、「好きな国はどこか」と問われれば、おそらくは「米国」とは答えない。そうした問いに対する答えは、雪斎の場合には、大体、決まっている。中でも確実に入るのは、フィンランドである。

 フィンランドは、第二次世界大戦前夜の時期以降、二度の対ソ戦争を闘い、戦争の過程ではソ連への対抗上、ナチス・ドイツと組んだために、国連憲章上、「旧敵国」と位置付けられる立場になった。
 冷戦期、ソ連に隣接するフィンランドは、共産化されても不思議ではない状況にあったにもかかわらず、自由主義国家として存続した。それを可能にしたのが、「ソ連を刺激しない外交」の展開であった。重武装中立国であるスウェーデンを中心にして西側のノルウェーが北大西洋条約機構に加盟し、東側のフィンランドがソ連に気を遣うというスカンジナヴィア三ヵ国の構図は、「ノルディック・バランス」と呼ばれ、冷戦下のヨーロッパにおける微妙な安定を担保していた。フィンランドの「ソ連を刺激しない外交」は、一部の西側指導者からは「フィンランド化」という言葉で揶揄された。総理在任時の中曽根康弘氏も、「何もしないでいると、フィンランドみたいにソ連のお情けを乞う国になってしまう」と言い放った。しかし、そうした「ソ連を刺激しない外交」は、ソ連崩壊の日まで続いたのである。
 無論、このような「ソ連を刺激しない」外交は、フィンランド国民の民族的感情からすれば、かなり不愉快なものであったのは、間違いないであろう。というのも、第一次ソ連・フィンランド戦争は、元々はソ連によるフィンランドへの理不尽な領土要求を発端にしていたし、二度の対ソ戦争の敗北の結果、フィンランドは、「民族の故地」であるカレリア地方を含む全国土一割相当の領土をソ連に割譲せざるを得なかったっからである。
 このフィンランド外交の姿は、関ヶ原前夜に父・昌幸や弟・幸村と決別して眞田の家名を明治まで残した眞田信之にも重なるところがある。父や弟のように、徳川家康への義憤や「武士としての誇り」などというものを行動の拠り所にすれば、到底、眞田の家名を守ることは出来ない。このような信之の姿勢は「現実主義者」そのものである。
 現下の韓国政府は、こうしたフィンランドの「忍耐の外交」の意味を理解できているのであろうか。韓国の様子を見ていると、国を亡ぼすのは、実は「民族の誇り」を声高に唱える「民族主義者」ではないのであろうか。

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「国際情勢」カテゴリの記事

Comments

韓国の「独自外交」(バランサー論)は、まことに「夜郎自大」でありまして、お説にはまったく同感です。ちゃんとした封建主義時代を持たなかった国は、ちゃんとした現実主義がもてない。あの国も軍人が仕切っていた時代は、もうちょっと国際情勢が見えていたはずなのですが。その点、日本人の計算高さは筋金入りで、「馬鹿はうつらない」と思います。

他方、韓国の立場に立ってみれば、現実的に行動したところで劇的に状況が改善するわけではなく、フィンランダイゼーションのような面倒は真っ平御免、せめて国家のプライドを満足させたい、といった「計算」があるのかもしれません。この辺、フランスのドゴール主義にも通じるかもしれませんが。

Posted by: かんべえ | April 05, 2005 at 09:35 AM

フィンランドは強大なソ連に隣接して自由主義の独立を保ったこと自体、充分に誇りあることとして認識しています。韓国も、歴史的に強大な中華帝国に隣接して、属領的な扱いを受けつつもかなりの独立性を保ってきました。それを素直に誇りにするべきなのでしょう。現在もそうです。強大な隣国に囲まれてそれなりの発言力を得ているだけで充分に立派だと思います。政治家に必要なのは、それを率直に国民に説明することでしょうね。これは日本に関しても同じで、他山の石とすべきでしょう。

>日本人の計算高さは筋金入りで

この付近、自覚ない日本人が多いですね。本当にそう思います。
思うに日本人で親米と反米の差を分けるのは、得をしてるか損をしてるかの認識の違いだけだという気もします。
しかしそうだとしたら、寂寥の念を禁じ得ない所ではあります。

Posted by: カワセミ | April 05, 2005 at 10:40 PM

愚妻が最近の中・韓の騒動について一言。「世界の人に知ってもらうといいわ。やんちゃな子供の相手をする辛さは、その子供の世話をしないとわからないから」とノタモウテおりました。意外に鋭いやつだと、感心しました。
さてチャイナ(コリア)・リスク、地政学的な方面のほかに経済的な面では、当のご本人達と日本のどちらにより大きく響くのでしょうか?中国経済が少し失速気味になることは、高騰を続ける資源市場を冷ますような気はしますが、それ以上の読みができません。

Posted by: 小規模投資家 | April 06, 2005 at 12:02 AM

長いものに巻かれるにも覚悟と戦略、美学が必要とのご趣旨と読みました。ましてフィンランドの相手はソ連。払った犠牲は、おそらく途方もないでしょう。しかし、生存あっての誇り。死して名を残すのは容易でも、生きて誇りを保つのは難しい。今でも信之よりも幸村の方が人気が高いことを考えれば、やはり難しいのでしょう。非常に格調のある分析を拝見いたしました。

半島と接するになにも難しいことなどないと思います。「韓国の真意は?」などと考えたって元首自身が自分の言葉の意味することを理解していない可能性がある。隣人の不幸につけこむようなまねはしないけれども、情死する親切心も義理も人情もないということで十分でしょう。

翻って問われるのは、日本の覚悟でしょう。日米同盟が同盟としての本来の機能を果たすようになれば、日本人も死ぬかもしれない。はたして「計算高い日本人」はそこまでの胆が据わっているのでしょうか?

それにしても品格のある文章を拝見いたしました。ありがとうございます。

Posted by: Hache | April 06, 2005 at 02:17 AM

カワセミさんに一言だけ。
変な寂寥感は不要ですよ。日本人が損得勘定しているときは失敗しません。それを忘れて奇妙な理想を持ったときこそ要注意です。歴史が教える通りに。

Posted by: かんべえ | April 06, 2005 at 10:01 AM

韓国のノムヒョン大統領の演説を聞いても怒る気にはなりません.むしろ韓国はこれで大丈夫なんかなあと心配になります.日米と北・中国のバランサーになると本気でおっしゃているとは信じたくないですなあ.もしそうなら、これは韓国にとって不幸では.(所詮日本は韓国のことを、韓国民が日本に持つほどの関心を持ってみてません.これはこれで残念ですけど)
私は、韓国には、真に歴史の持つリアリティーと自己の置かれた立場をしっかりと認識している多くの政治家がいると信じたいですなあ.

Posted by: M.N生 | April 06, 2005 at 10:23 AM

 皆様、コメントをありがとうございます。
 拙者がフィンランドを好きなのは、「独立」と「誇り」というものが持つ最も美しい姿をフィンランドに見るからです。フィンランドは、第二次世界大戦時にはソ連と戦いましたが、その二十年前にロシアの支配から脱して独立しています。彼地で「救国の英雄」と呼ばれるグスタフ・マンネルハイム元帥は、日露戦争時には露軍将校として参陣した人物だったそうです。
 かのジャン・シベリウスの交響詩『フィンランディア』は、そうしたフィンランド独立の想いを表現した傑作ですな。
 どこかの国に反感を向ける形で「独立」や「誇り」を語った気になる神経は、健康だと思えません。その点は、中国や韓国の「反日」も日本の「反米」も、同じ類のものでしかありません。

Posted by: 雪斎 | April 06, 2005 at 10:33 AM

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