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March 13, 2005

ホリエモンはアウト、三木谷浩史はイン。

■ 『溜池通信』「不規則発言」の先週水曜日のコーナーには、次のような記述がある。

○良くも悪くも、日本の財界というのは閉鎖的で排他的な世界である。IT企業であれば、ホリえもんはアウト、三木谷はイン、孫はボーダーライン、となる。既存の産業の中でも、義明はアウトで清二はインであったりする。アウトとインはどこで線引きされるかというと、所詮は人間関係の世界なので説明が難しい。てなことを言うと、「だから日本は駄目なんだ」という批判が聞こえてきそうだが、ライブドアが本気で成功を望むならば、その辺を承知の上で挑戦すべきだろう。今ごろになって「友好的に」と言ってるようじゃ、駄目っすよ

 何故、「ホリエモンはアウト、三木谷はイン」なのか。このことは、日本社会の性格を考える上では、存外、興味深い材料である。


 戦後、ビジネスの世界で「梟雄」と目された人物の一人に、国際興業社主・小佐野賢治氏がいる。小佐野氏は、「黒幕」と呼ばれ、ロッキード事件の折の国会証人喚問の席で、「記憶にございません」発言を連発し、世の話題を呼んだ。小佐野氏が妻に迎えたのは、旧堀田伯爵家令嬢、「戦後学習院が生んだ最高の美女」との令名を馳せた女性であった。小佐野氏は、華族制度廃止後に莫大な財産税を課されて経済的に没落した堀田家に対して、昭和二十五年当時の額で四百万円にも上る結納金を提供したとされる。小佐野氏は、それ以前の時代ならば到底、実現するはずもなかった結婚を、「カネ」の力で実現させたのである。今、ホリエモンさんは、「女はカネに付いてくる」と書き、余り有名ともいえない女性タレントを彼女にして付き合っているようである。しかし、それは、「絶世の美女」を妻に迎えた小佐野氏に比べれば、はるかにスケールの小さな振る舞いである。結局、ホリエモンさんは、小佐野氏の「縮小・劣化コピー」なのである。
 しかし、旧華族令嬢との結婚は、小佐野氏にとっては「男の夢の実現」であったかもしれないけれども、小佐野氏の出世に大きな制約を与えることになった。この結婚には、旧華族層やそれに密接に連なる政、財、官、学の各界主流の感情的な反発が向けられた。要するに、それは、「下賤な輩が、身の程もわきまえずに、『われわれの娘』を横取りしおった…」という反発であったのである。小佐野氏は、結局、ビジネスの世界では、たとえば石坂泰三氏のような「名誉」を与えられず、「梟雄」として終わる他はなかったのである。
 因みに、十数年前、「バブル」の最盛期にフジテレビ系で放映されていた昼ドラマ『華の嵐』では、石丸謙次郎さん演ずる成金の青年が、高木美保さん演ずる旧男爵家の令嬢に必死に取り入るというシーンがあった。また、山崎豊子さんの小説『二つの祖国』には、戦後、ダグラス・マッカーサーの副官として来日した日系二世の青年が、没落華族の娘と結婚して米国に帰り、ビジネスの世界で成功するという筋書きがある。これも、父親の世代には考えられなかった結婚である。小佐野氏に近い話は、他にもあったのではなかろうか。
 小佐野氏が「下賤」と思われた理由は、氏が東京帝国大学を初めとする帝国大学の出身者ではなかったという事情にも因っている。明治以降、我が国の大学制度は、それを通過すれば、どのような出自の人物であれ「体制派」に迎え入れるという機能を果たしてきた。小佐野氏は、そうした「関門」を潜っていなかった。余談ではあるけれども、華族制度の廃止に伴って、旧華族令嬢の中には、「河原乞食」と蔑まれた芸能の世界に入っていった人々がいた。「ガラス越しのキス・シーン」で有名な今井正監督作品『また逢う日jまで』に出演した久我美子さんや『ゴジラ』第一作に出演した河内桃子さんは、その例である。後に、久我さんと結婚したのは、『ゴジラ』に出演した東京大学出身の俳優・平田昭彦さんであった。旧華族出身の女優が生涯の伴侶として選んだのは、結局、芸能の世界では希少種であるはずの東京大学出身の俳優であった。往時の「価値観」が浮かび上がるエピソードである。
 ところで、雪斎の父親は、中学卒業後、暫く土方をしてから自衛隊に入った人物である。雪斎が東京大学院生になったばかりの頃、法学部の院生控室中で次のような会話をしたことがある。
 友/ 「○○〈雪斎の本名〉さんのお父上は、どのような仕事を…」。
 雪/ 「親父は、退官しましたが、自衛隊の基地中で隅から隅まで状況を確認して回っていましたよ…」。
 友/ 「素晴らしい。率先垂範ですね」。
 雪/ 「は…?」。
 友/ 「○○さんのお父上くらいの地位ともなると、自ら進んで基地を視察なさるというわけですな…」。
 雪/ 「あ、いや…」。
 その友人は、雪斎の父親を将官クラスの幹部自衛官だと思い込んでいたのである。それは無理もない。当時、雪斎の周囲には、「高級官僚の娘」、「大学教授の娘」、「一部上場企業役員の息子」などというのが、掃いて捨てるほどいた。佐藤俊樹氏の書『中流崩壊』に指摘されるまでもなく、「高学歴者」は「高学歴者の親」からしか育たない状況は、既に進行していたけれども、それは東京大学において顕著であった。その意味では、雪斎は、世が世ならば明らかに「下賤の出身」である。しかし、それにもかかわらず、雪斎が「体制派」であるのは、間違いない。以前のエントリーでも書いたように、雪斎は、佐々木毅先生の尽力によって世に出た。だから、雪斎は、佐々木先生を含め、多くの人々に「恩義」がある。雪斎は、こういう「恩義」を脇に置いて、勝手なことはできないと思っている。それが「体制派」の感覚なのである。
 無論、大学教育が多くの青年を「体制派」に迎える機能を果たすのは、日本特有の現象ではない。「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャーは、下層中流階級の「雑貨屋の娘」であったけれども、オックスフォード大学時代には、その「言葉遣い」を徹底して矯正したのだそうである。特に「階級社会」の様相が色濃く残るヨーロッパでは、「体制派」に属すべき人々を「体制派」に迎え入れる仕組は、厳然と用意されている。米国でも事情は同じである。
 このように考えれば、「ホリエモンはアウト、三木谷浩史はイン」ということの意味が判るのではないか。『フィナンシャル・タイムズ』紙の記事は、ホリエモンさんを「日本の伝統的なビジネス・エリートが嫌うものの総て」と評している。日本の「体制派」の人々は、ホリエモンさんと小佐野賢治氏の姿を二重写しに見ているのであろう。


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「経済事象」カテゴリの記事

Comments

該当部分は、えいやっと問題発言をしてみたんですが、反響がなくて寂しい思いをしておりました。最初に食いついてこられたのは、雪齋どのでありましたか。

元経済団体職員のかんべえの眼から見ると、うまく説明できないけれども、ああいう結論になるのです。ホリえもんも、心がけさえ変えればインになれるんだけど、彼はお山の大将でいたいらしいから、無理でしょうね。

ところで世間には「ホリえもんの背後にはXXがついているらしい」などという声がいまだにあるようです。XXにはいろんな勢力が入ります。アホカと言いたい。どこに行くかわかんない、あんな訳の分からんアンちゃんに、誰が何百億円も賭けますかいな。金持ちというものは、くだらんリスクは張らないものです。

Posted by: かんべえ | March 13, 2005 at 09:57 AM

雪斎殿、いつも拝見させていただいております。

大学がエリート養成機関として、エスタブリッシュメントに人材を供給している様子はよく理解できますし、今後も重要な機能だと思います。ただ
>「高学歴者」は「高学歴者の親」からしか育たない状況
は、エスタブリッシュメントの血を凝り固まらせる原因となり好ましくないと思います。少しずつ新たな血を導入しなくてはなりません。私は、奨学制度の充実が一つの答えになるのではないかと思います。

かんべえ殿、「溜池通信」いつも拝見しております。
堀江氏の背後に誰も居ないのなら、リーマンは独自の判断で800億貸したことになります。堀江氏の成功を確信してたのか、それとも別の思惑があるのか、気になります。

Posted by: やすゆき | March 13, 2005 at 11:28 PM

>かんべえ様、雪斎様
興味深い話題だったので、参戦してみました。
(アップした時点でタイトルがかぶっていることに気がつきました・・・。他意はありませんので、ご容赦のほど)

かなりふざけた(笑)内容ではありますが、力を抜いて分析して見ました。

官立・官営の大学がエスタブリッシュメント育成に資している、という点には同意します。
たとえが悪いですが、「朱に交われば赤くなる」という効果がありますし。
(もちろん、ホリえもんという例外は常に存在しますが)

>やすゆき様
戦前の「婿取りシステム」は、既存層に新しい血を入れるという意味で効果がありますね。

ただ、今の時代にあっては、婿を採る、という概念自体が廃れた観があります。

また、奨学金制度について言及されていますが、どちらかといえば国立大の授業料をもう少し弾力的(要するに親の収入に左右されるようにする)にしてもよいかと。

私の感覚としては、金持ち(エスタブリッシュメントのすべてがそうとは限りませんが)が安い授業料を払い、一般人が高い授業料を払って私大に行くのは、ちょっと釈然と行かない部分がありますね。

ただ、こんなことを言い出すと「国民みな平等」の建前が成立していないことが発覚しますので、そこまで政治家や官僚がリスクを負うのやら、といったところでしょう。

Posted by: とーます | March 14, 2005 at 12:13 AM

>かんべえ殿
>やすゆき殿
>とーます殿
この「アウト」「イン」ネタで続編を準備中です。こちらも期待してお待ちください。

Posted by: 雪斎 | March 14, 2005 at 12:54 PM

都内のあらゆる大手金融機関を駆け回った融資要請を、最後にリーマンだけが受けたにはそれなりの理由があって、彼らはもう所期の目的は果たしているのです。今後、ホリえもんのバックにつく金主がいるとしても、それは非常に危険な勢力となるでしょう。と、これ以上はブログじゃ書けねえなあ。

Posted by: かんべえ | March 14, 2005 at 03:22 PM

>かんべえ殿
ホリエモンさんは、まともなバンカー連中からは相手にされなかった。この一事だけでも、物事の意味は十分に判るような気がします。それ以降の話は…、推して知るべでしょう。

Posted by: 雪斎 | March 14, 2005 at 07:44 PM

細かいことですけど、リーマンはMSCBを引き受けたのであって、出資や融資したわけではないので。。。

ご案内のとおり、リーマンはMSCBを普通株式に転換して、国内外の機関投資家に売却することによって、ほぼノーリスクで10%のマージンを得られます。このように考えると、800億円の裏にあるのは、国内外の不特定多数の機関投資家ではないでしょうか。

こんな「美味しい」ディールを他社がやらなかったのは、皆様が仰るように「アウトな人」堀江氏に関わるのは今後の日本のビジネス上は不利だと考えてのことでしょう。

私は堀江氏の「アウト」さよりも、フジ・サンケイグループの「覚悟の無さ」に反感を覚えてしまいます。市場参加者の多くは同様に考えているのだと思います。

ところで、株価は妙に強いため市場は戸惑っています。嬉しくなるより戸惑うのは、80年代バブル以降、本格的な上昇相場はITバブルのみという悲しさからくるのかもしれません。

Posted by: ao@株式マーケット | March 14, 2005 at 11:29 PM

>ao殿
日経平均12000越えは遠いですね。
ところで、このライブドア・フジ問題は、冷静に考えれば、そんなに大きな話にはならないはずです。世間は、必要以上に話を大きくしているような気がしてなりません。ライブドア株式の一万分割と同じ罠にはまっているのでしょうか。

Posted by: 雪斎 | March 15, 2005 at 09:55 AM

私もaoさんのご意見に共感します。
企業買収、企業防衛、資本政策という極めて大きい問題を孕んでおり、騒ぎすぎとは思いません。
(企業が社会の基盤であり、資本市場が我々国民にとってかけがえのない公共財と考えますので)
しかし難しい・技術的な問題を孕んでいるため、通常でしたら経済紙以外が1面で取り上げるような性質の問題ではなかったはずです。キャラの立った役者さんが揃い、大騒動になったことは、よかったのではないでしょうかね。
明確な脱法行為、倫理に反する行為があったのなら、関係者は厳しく指弾されるべきですが、根拠の曖昧な噂を元に問題の矮小化がされないことを願うばかりです。
少し下世話ない言い方をすれば、毎日イベントが盛り沢山で、あれも勉強しなきゃ、これも勉強しなきゃと、いい素材を提供してくれていると思います

Posted by: 小規模投資家 | March 15, 2005 at 10:23 AM

株式市場にとっては大きいことです。将来、ファイナンスの教科書に載ることでしょう。

しかし、仰るとおり世間にとっては大きな話ではならないはずです。「外資のメディア支配」、「ネットと既存メディアの融合」はリーマン、ライブドアに対する過大評価ではないでしょうか。

ライブドアがニッポン放送株の50%超を得た場合、フジテレビは取引を停止し、ニッポン放送の収益は激減、もてあましたライブドアは撤退。残るのは企業価値が激減したニッポン放送となるのではと私は考えています。結局一番儲かるのはリーマンではないでしょうか?

Posted by: ao@株式マーケット | March 15, 2005 at 08:40 PM

>小規模投資家殿
>ao殿
 今、金融、証券の世界で「ゼノフォビア」の雰囲気が広まっているそうです。これは、おかしな雰囲気ですね。

Posted by: 雪斎 | March 16, 2005 at 07:24 AM

不明にも「ゼノフォビア」という言葉の意味を知りませんでした。こんなネタまでメシの種にするとは、「市民活動家」の皆さんはしぶといものですね(微苦笑)。
溜池通信氏が昨年の大統領選の折米国の雰囲気を、「リベラル」であることが希望をもたらさず、「保守」が取って代わった、といった趣旨の分析をされていました。この状況は、そのまま日本にも当てはまるのではないでしょうか?(私の専門分野ではありませんので、雑感の域を出ませんが。)

で、雪斎さんが指摘される「ゼノフォビア」が、マーケットを覆い尽くすことがあるのか?鄙住まいの私には、その雰囲気を感じることさえできません。ただ、マーケットに対する影響は一時的なものになるのだろうと想像(期待)します。
フジ-LDに引き戻して考えると、資産の売り切りは「焦土作戦」とか称されているようですが、私はあまり否定的な感想を持っていません。適正な価格で売買が行なわれ、生まれたキャッシュフローが適切な資本政策に供されるのであれば、それはそれで問題はないと思います。現実には「適正な価格」の確保は容易ではないと思いますが。
フジの配当の大幅な引き上げも、遅きに失した観はあるものの、正常化への第一歩だと思います。
高株価政策こそが企業防衛の王道という一点では大いに評価したいと思います。
資本市場に攻めてきた黒船は、企業に規律をもたらしつつある。「ゼノフォビア」はマーケットを席巻する可能性は低いように思います。混乱とともに一片の希望を含んでいるようですので。

Posted by: 小規模投資家 | March 16, 2005 at 10:28 AM

>小規模投資家殿
 もっとも、「ゼノフォビア」では「おまんまの食い上げ」になることぐらいは、マーケットに関わっている人々ならば誰でも判っているでしょうから、収まるところに収まるでしょうね。「外資=ハゲタカ」という印象はあるでしょうが、それでも今、日本の株価を上げているのも「外資」なのですkら。

Posted by: 雪斎 | March 16, 2005 at 07:27 PM

コメントありがとうございました。
当方のBlogにて言及いただきました横井氏については名前は存じていましたが、私のような若輩にとっては歴史上の人物という感覚がいたします。

フジサンケイの覚悟の無さという点について、雪斎さんの指摘に共感いたしました。確かにフジの脇が甘くなければ、すべて起きなかった騒動であります。(私は産経読者ですが、それは明らかにフジサンケイのミスでしょう。。)

堀江社長に対して思うのは、何もこんな紛らわしい時にやらなくても・・という思いでしょうか。
ちょうどNHKと朝日関連の最中に起きたので、今回の買収劇は、北朝鮮が裏で操っているのでは?と推測してしまいました。
多分無関係だと思うのですが。。。個人の想像ではここまでが限界でした。

話の腰を折ってしまいすみません。以上お礼まで。

Posted by: 佐倉純@桜日誌 | March 17, 2005 at 02:03 PM

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