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March 11, 2005

『中央公論』「時評2005」原稿・#4

■ 雪斎が幼少の頃に見たテレビ画面の光景で忘れられないものがある。それは、一面の雪が積もっていた林に囲まれた一軒の綺麗な家を巨大な鉄球で壊しているというものであった。「雪」「綺麗な家」「鉄球」と来れば、ピーンと来る人々もいるであろう。それは、「連合赤軍あさま山荘事件」を伝える報道であった。

 事件に関与した面々の最高幹部クラスは、下記の通りである。

 森恒夫(27)中央委員委員長・赤軍派・大阪市大
 永田洋子(27)中央委員副委員長・革命左派(京)・共立薬科大
 坂口弘(25)中央委員書記長・革命左派(京)・東京水産大
 坂東国男(25)中央委員・赤軍派・京大
 吉野雅邦(23)中央委員・革命左派(京)・横浜国大

 雪斎は、幼少の頃から、こういう面々を「最も唾棄すべき類の連中」であると教えられながら、育ってきた。雪斎の父親にいわせれば、こういう面々は、「高校、大学に行かせてもらったのに下らないことしかしなかった馬鹿」であった。雪斎の父親は、高校には行けなかった。彼は、発足直後の海上自衛隊に「二等兵」として入り、三十余年を過ごして退職した。彼は、「軍隊に入れば白い飯が思う存分食える」と喜んだ東北の田舎の青年の「戦後の姿」である。なるほど、彼にしてみれば、連合赤軍事件なるものは、「食うことに必死でない連中が、観念を捏ね繰り回して、しでかした世迷い言」だったのであろう。
 雪斎は、そのような父親の影響もあるのであろうけれども、「イデオロギー」や「観念」と呼ばれるものには、できるだけ距離を置きたいと思っている。もしかしたら、雪斎は、純然たるアカデミズムの徒になり得ない性分なのかしれない。
 下掲の論稿は、『中央公論』今月号「時評2005」欄に掲載されたものである。この論稿の締切は、2月20日であった。因みに、1972年2月17日、最高幹部の森恒夫と永田洋子が妙義山中で逮捕され、警察に追われた赤軍残党の面々が二日後の19日に「あさま山荘」に逃げ込んだことによって、事件が始まる。この論稿が出来上がった三十三年前は、丁度、事件の最中であった。そして、今、「テロリズムとの闘い」は、まだまだ続いている。

■ 時評2005  テロの時代にこそ「封じ込め」戦略を

 二月十六日は、金正日(北朝鮮労働党総書記)が六十三歳の誕生日を迎えたこともあり、我が国のメディアは、そのことに関連する報道を流し続けていた。イラク国民議会選挙が大過なく執り行われた現下の情勢の下では、次の国際政治の焦点が北朝鮮に移るという展望は、余りにも平凡なものでしかないであろう。我が国にとっては、たとえ邦人拉致問題を抱える特殊事情を抜きにしたとしても、メディアの関心が北朝鮮情勢に集まるのは当然のことなのである。
 ただし、筆者のように特に米国外交に関心を寄せている政治学徒にとっては、二月十六日という日付は、ジョージ・F・ケナン(プリンストン高等研究所名誉教授)の誕生日として想い起されるであろう。事実、ケナンが齢百を迎えた昨年の誕生日直後には、『ニューヨーク・タイムズ』紙を初めとするメディアが生誕百年に因んだ記事を載せていた。ケナンは、依然として「過去の人物」ではないのである。
 ケナンは、周知の通り、冷戦初期に「対ソ封じ込め政策」の立案に主導的な役割を果たした。ケナンが「過去の人物」ではないということの意味は、ケナンがソヴィエト共産主義体制に対して用いた「封じ込め」(containment)の概念をテロリズムに対して用いる議論が登場していることにある。たとえば、アダム・S・スミス(政治経済学者)が『ハーヴァード・インターナショナル・レヴュー』誌(二〇〇三年秋季号)に掲載した論稿は、ジョージ・W・ブッシュ(米国大統領)の示した「先制攻撃」戦略に疑義を投げ掛ける一方で、ケナン以来の「封じ込め」戦略の有効性を説いている。この論稿によれば、「封じ込め」は、イデオロギーが絡んだ敵に対する実際の勝利を成就した政策としては依然として検証された唯一のものであり、その敵は、ソヴィエト共産主義であれ現下のテロリズムの多くを彩っているイスラム聖戦主義(jihadism)であれ何ら変わらないということである。それ故にこそ、この論稿は、「一九四〇年代の脅威に抗するのに成功した手段が、二十一世紀の脅威に対抗するための強力な道具たり得ると信じるのは、理に適っている」と結論付けるのである。
 折しも、一月二十日昼刻(米国東部時間)、ブッシュは、二期目の大統領就任演説を行った。この就任演説は、「米国での自由の存続は、他国での自由の成功に一層、左右されるようになった。世界平和を実現するために最も望まれるのは、全世界に自由を拡大することである」という一節が注目を浴びている。それは、確かに米国の歴代大統領が就任演説などの折に繰り返してきた「自由」への信念の表明である。ただし、この「自由の拡大」という議論が、どのような具体的な政策に投影されるのかは、きちんと注視して置く必要があろう。終戦直後、幾多の日本人が米国の何に敗北感を覚えたのかといえば、それは「自由」という抽象的な概念ではなく、豊富な食糧や物資によって具体的に実感される「豊かさ」であったはずである。とすれば、テロリズムの温床となる「社会不安」や「貧困」を抱える国々に対して、どのように「安定」と「豊かさ」を実現するための実質的な支援を提供できるかということが、テロリズムに対する「封じ込め」の文脈では大事になる。ブッシュの「専制攻撃」戦略は、確かにテロリスト・グループや「悪漢国家」を戦慄させる効果を持ったかもしれないけれども、ブッシュ麾下の米国政府にとっても実際に展開されるのは、そのような「封じ込め」の施策でしかないのではなかろうか。
 事実、被占領期、ケナンは、対日占領政策の軸足を「民主化」から「復興」に移すことに尽力した。「復興」を通じて日本の社会上、経済上の「活力」や「健全性」を回復できれば、日本は共産主義の膨張を止める「堰」たり得るというのが、ケナンの読みであった。そして、ケナンの読みは紛れもなく正しかったのである。とすれば、現下の我が国が手掛けられることもまた、「封じ込め」の論理の下、共産主義に対する「堰」として歩んだ来歴を踏まえ、テロリズムに対する「堰」を世界各地に形成していくことである。米国が「理念の共和国」として「自由と民主主義」の大義に寄り掛かる性癖を直せないならば、我が国は、「イデオロギー・フリー」の姿勢に基づき「安定」と「豊かさ」を実現させることに専心すればよいのではないか。
    『中央公論』(2005年4月号)掲載

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