「雪」と「金」の話
■ 昨日の東京は、雪が降った。札幌にいた頃、朝方の横殴りの雪が降っているのを目にするたび、「また、雪かよ…」とうんざりしたものであるけれども、今日の雪には、「おおっ、雪だ」と快哉を叫んでしまった。ところで、雪に因んだ歌で有名なのは、『雪山讃歌』(西堀栄三郎作詞・アメリカ民謡)であろう。
雪よ岩よわれらが宿り
おれたちゃ町には住めないからに
おれたちゃ町には住めないからに
シールはずしてパイプの煙
輝く尾根に春風そよぐ
輝く尾根に春風そよぐ
けむい小屋でも黄金(こがね)の御殿
早く行こうよ谷間の小屋へ
早く行こうよ谷間の小屋へ
『雪山讃歌』の原曲は、1946年に公開されたジョン・フォード監督西部劇『荒野の決闘』(原題:My Darling Clementine)の主題歌に使われた〈Clementine〉である。『荒野の決闘』は、OK牧場の決闘を題材に、ヘンリー・フォンダ演ずる伝説の保安官ワイアット・アープとキャシー・ダウンズ演ずるクレメンタインとの恋愛模様を描いたものであったと記憶している。
1. In a cavern, in a canyon,
Excavating for a mine
Dwelt a miner forty niner,
And his daughter Clementine
(Chorus)
Oh my darling, oh my darling,
Oh my darling, Clementine !
Thou art lost and gone forever
Dreadful sorry, Clementine
1848年、カリフォルニアのアメリカン川沿岸で砂金が発見されたのを機に、世界中から一攫千金を狙った人々が大挙してカリフォルニアに押し寄せた。特に、1849年には、カリフォルニアに殺到した人々の数は、十万人を超えるといわれていいる。そうした山師は、原詞の中ににあるように、〈forty niner〉と呼ばれた。〈forty niner〉は、今ではNFLプロ・フットボール・チーム「サンフランシスコ 49ers」に名前を残している。歌詞の中身は、山師の娘が川に落ちて死んだ話を歌ったものである。このゴールド・ラッシュは、米国史の中では、「太平洋国家としての米国の登場」への転換点として重要な意味を持っている。この時期以降、東から西への米国国内人口移動が大挙して起こる。世界史を動かすのも結局、人間の「欲望」であると実感させる話である。
「金」の誘惑は果てしない。因みに、雪斎は、とある非鉄金属会社株のホルダーである。この会社が鹿児島県内に保有する金鉱山の鉱脈の質は、世界最高水準だそうである。一昨日、この金鉱山で新たな鉱脈が発見されたという発表が行われた。雪斎は、「すわ、ゴールド・ラッシュの始まりか…」と色めきたったけれども、案の定、この会社の株価は昨日、一気に7パーセント弱騰がった。こういう急騰を実際に経験すると、かなり、びっくりする。
もっとも、雪斎は、「山師」の弟子でもあり後輩でもある。かのウィリアム・スミス・クラーク博士は、札幌農学校教頭を務め、帰米後に」は「山師」となったものの、失敗して失意のうちに世を去ったとされる。山下太郎は、札幌農学校卒業後、満州鉄道を相手にした事業で財を成した。山下は、戦後は「アラビア石油」を創立して、カフジ油田の掘削に成功し、「アラビア太郎」と呼ばれた。雪斎が北大同期の連中と盛り上がった後に、お約束のように仲間内から出て来る言葉は、「札幌農学校、万歳」であり、「北海道帝国大学、万歳」である。ふざけているかもしれないが、そうしたアナクロニズムの世界は、雪斎には抗し難い魅力を感じさせる。
札幌の「雪」の話から、「米国」の話、「金」の話、「山師」の話に移り、そして「札幌」の話に戻った。総てが、雪斎には遠からぬ「縁」のある話である。
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- 『中央公論』「時評2005」原稿・#4(2005.03.11)
- 『論座』に寄せた原稿(2005.03.06)
- 「雪」と「金」の話(2005.03.05)
- 士為知己者死、女為説己者容。(2005.03.01)
- 愛知和男氏の所見(2005.02.27)
The comments to this entry are closed.














Comments