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March 20, 2005

ジョージ・F・ケナンの足跡

 只今、ジョージ・F・ケナンを追悼する論稿を執筆している。米国の有力メディアは、ケナンを追悼する記事を載せている。実は今日中、そうした記事を読み漁っていた。米国政府も公式の追悼声明を出すのだろうと思っていたら、コンドリーザ・ライス国務長官の声明が、やはり出ていた。

 コンドリーザ・ライスの声明の全文は、以下の通りである。
It is with profound sorrow that I learned today of the passing of George F. Kennan. I knew him, and I admired him as one of the greatest strategists in the history of American foreign policy. He had a profound influence on me.
 Ambassador Kennan had the vision to discern the underlying patterns of human affairs where others saw only disconnected shards. He believed passionately in the power of ideas, and that to be effective, policymakers must understand the tectonic forces of history moving beneath the surface of political events. Secretary of State George Marshall, who appointed Mr. Kennan the founding Director of the Office of Policy Planning, said he had a gift for "seeing around corners."
 From his famous "Long Telegram" to his contributions to the Marshall Plan, Ambassador Kennan helped create the intellectual context within which America’s successful Cold War diplomacy operated for over half a century. His many books and memoirs, and his devotion to Russian and Soviet studies in the United States, made a lasting contribution to scholarship.
 Ambassador Kennan’s legacy has been an inspiration to generations of men and women in the Department of State. So it will remain long into the future. I join my colleagues at the Department of State in honoring Ambassador Kennan’s service to the nation. We send our deepest condolences to Mrs. Annelise Kennan and the entire Kennan family.
 
 なるほど、「ケナンは、どういう人物であったか」を説明しようとすれば、この声明は「簡にして要を得た」ものであろう。ケナンがモスクワから打電した「長文公電」は、「外交官ならば一度は書いてみたい」と評されるものであるし、マーシャル・プランは、自由社会の復興と安定こそが共産主義の膨張を「堰き止める」{contain}手段たり得るというケナンの思考を直截に反映するものであった。しかし、その後は、ケナンは、歴代政権からは「敬遠される存在」であり続けた。ヴェトナム戦争批判や米国歴代政権の核戦略に対する批判は、結局、受け容れられなかった。その一方で、ケナンは、第一次世界大戦直後の米ソ関係や第一次世界大戦直前の露仏関係に焦点を当てた研究を続けた。
 ケナンの体現する「思慮と中庸の現実主義」は、冷戦下の米国では、中々相容れなかったのである。コンドリーザ・ライスは、ケナンと同様に「ロシア畑」国際政治学者であったけれども、ロナルド・レーガンの時代に対ソ政策を進言したという経緯からすると、ケナンの対ソ認識とは決して重なり合わなかったように推測される。「冷戦の終結」後に至って、「やはり、ケナンは正しかった」という言葉が語られるようになる。ケナンが米国文官最高の栄誉である「自由勲章」を授けられたのは、ジョージ・H・W・ブッシュ政権期に至ってのことであったのである。
 因みに、ライスの前任長官であったコリン・L・パウエルは、二〇〇四年二月二十日午前、米国プリンストン大学構内、リチャードソン講堂(アレクサンダー・ホール内)で開催された「ケナン百歳誕生日を祝う会合」で誠に興味深いスピーチをした。このスピーチの中で一番、読んでいて楽しいのは、次の件である。
When I began my tenure as Secretary of State a little over three years ago, I received a letter from Ambassador Kennan, a long and wonderful and loving letter, where he offered me some unexpected, unsolicited, but nevertheless excellent advice. He told me about the job I was entering. He told me about the demands of the job. He gave me some suggestions how to spend my time between traveling around the world, how to use ambassadors that we have out around the world, how to make sure I spent enough time in Washington advising the President, which is my principal responsibility, of course. But it was a wonderful letter.
And, of course, I took all the advice to heart, and I wrote Ambassador Kennan back and I thanked him. And I said, "I hope you will send me letters of advice on a regular basis." And a couple of weeks later, I got a letter back from Ambassador Kennan that said, "I’m 97 years old. I do not intend to write you letters on a regular basis." (Laughter.)
And a few months later, I got another letter from Ambassador Kennan. (Laughter.) What a remarkable man. And even in this age of astounding medical advances, it’s still really something for anyone to reach 100 years of age, which the Ambassador did just 4 days ago.
 
 国務長官就任直後にケナンから様々なアドヴァイスの詰まった手紙を受け取ったパウエルは、定期にアドヴァイスをしてくれるようにケナンに要請したが、ケナンは「もう九十七歳だよ…」と断った。そうしたら、二、三ヵ月後に、また手紙が来たというのである。パウエルが「笑い」とともに、このエピソードを紹介しているところを知れば、ケナンとパウエルの遣り取りは、だいぶ、ほのぼのとしたものであったように思われる。
 ところで、ケナンを語る上で見落とせないのは、イラク戦争に向かうブッシュ政権への批判であろう。『朝日新聞』の訃報には、「02年には『ニューヨーカー』誌上でブッシュ政権による先制攻撃ドクトリンやイラク政策を批判するなど、晩年まで注目を集めた」という記述がある。ただし、この件でいえば、『ニューヨーカー』誌の記事よりも、米国連邦議会専門誌『ザ・ヒル』の記事のほうが、数段、面白い。この記事には、ケナンによるブッシュ政権批判の意味が説明されている。
 George Kennan....
• Praised the diplomatic skills of Secretary of State Colin Powell, whom he called a “man of strong loyalties in a difficult position [who] has been much more powerful in his statements than” Defense Secretary Donald Rumsfeld; and
• Cautioned that the United States, even as the world’s sole superpower, cannot “confront all the painful and dangerous situations that exist in this world. … That’s beyond our capabilities.”

 ケナンは、ドナルド・ラムズフェルドのような「ネオコン」が嫌いだった。ケナンの眼には、「ネオコン」は、「自分の限界を弁えずに何でも出来ると思っている輩」であると映ったであろう。「ネオコン」こそは、米国外交における「法律家的、道徳家的手法」を「力の裏付け」によって推し進める発想だったからである。ケナンがパウエルを褒めたのには、理由があった。だからこそ、パウエルも、ケナン生誕百年の折には、わざわざプリンストンまで出向いてスピーチをしたのである。
 雪斎は、自分のことを「ケナンの弟子」だと思っているし、パウエルのファンを自認していた。人間は、国籍を問わず、「似た考えの人々」に惹かれるということであろうか。

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「国際情勢」カテゴリの記事

Comments

なるほど、いい文章だけどもちょっと冷たい感じがしたのは、タカ派とハト派という対ロ観のズレによるものかもしれませんね。ただし、国務省をあずかる身の上になって、ライスが「ケナンの後輩」を意識しているのは、悪くない話だと思います。米国外交の現実主義者の伝統を、引き継ぐものがあるとしたら彼女をおいてほかにはなく、そうでないと今の国際情勢を乗り切ることは難しそうですから。

Posted by: かんべえ | March 21, 2005 at 12:27 PM

>かんべえ殿
 このコンディの声明は、怖いほどに正確なのですよ。ケナンが国務省官僚として腕を揮えたのは、声明にもあように、「長文電文からマーシャル・プランまで」なのです。以後は、米国外交界の主流派からは、ケナンは疎んじられ続けるわけです。「積極的に何かをしていないと気が済まない」という米国人の性向からすると、ケナンの「堰き止め」政策というのは、余りにも「静的
」なものだったということになります。
 ただし、ケナンが米国外交の「顔」として印象付けられれば、その「思慮」と「中庸」が仰ぎ見られるべきものとして、米国外交にた携わる人々の中に定着することになる。そうした期待が拙者にはあります。

Posted by: 雪斎 | March 21, 2005 at 03:19 PM

既にご覧になったかもしれませんが、おととい(21日)にワシントン・ポストのop-edに寄稿されたホルブルックのケナン追悼記事も面白かったです。多くの人が手放しでケナンを称えている中で、ホルブルックは「このへんは間違ってた、結構頑固なオヤジだった」というトーンで結構厳しいことを述べてます(もちろん基本的には肯定的な評価をしているのですが)。ネットでは見当たらなくなってしまいましたが、機会があったらご覧下さい。

Posted by: やじゅん | March 24, 2005 at 04:36 AM

雪斎さん、コメントを頂きありがとうございます。
自分は雪斎さんの『国家への意志』を読んで影響を受けること大でしたので、あのようなコメントを頂けて感無量です。
これからもご活躍を期待しております。

Posted by: yu_19n | March 24, 2005 at 05:59 PM

>やじゅん殿
ご教示、ありがとうございます。
当分、米国のメディアでは、「ケナン追悼」が続きそうですね。
>yu_19n殿
拙書をお読み頂いた由、恐縮です。
また、拙ブログに来訪されることを。

Posted by: 雪斎 | March 24, 2005 at 08:42 PM

しばしば拝見させていただいています。ケナンの逝去は私にとっても感慨深いものがあります。巨星墜つの感が強いです。
またこれを読んで、というわけではないのですが、トラックバックさせていただこうかと。

Posted by: カワセミ | March 27, 2005 at 09:15 PM

はじめまして。今までずっとケナンと現在のアメリカの政権との関係はどうなっているのだろうと疑問に思っていました。とても参考になりました。

Posted by: Naotaka Uzawa | May 01, 2005 at 11:28 AM

・uzawa殿
どういたしまして、
参考になれば幸いです。

Posted by: 雪斎 | May 03, 2005 at 12:28 AM

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