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March 19, 2005

ジョージ・F・ケナンの逝去

■ ジョージ・フロスト・ケナンが逝去した。『読売新聞』の訃報は、次のように伝えている。
 

【ワシントン支局】米国トルーマン政権下で対ソ連「封じ込め」政策を提唱し、米ソ冷戦時代の本格的幕開けを告げる役割を果たした元米外交官ジョージ・ケナン氏が17日、ニュージャージー州プリンストンの自宅で、死去した。101歳だった。AP通信が親族の話として報じた。
 ケナン氏は、1926年国務省入り。外交問題専門誌「フォーリン・アフェアーズ」の47年7月号に、「X」の匿名で論文「ソビエト対外行動の源泉」を発表し、「ソ連指導部が平和で安定した世界の利益を脅かす兆しのあるすべての地域で、しっかりと対抗することを目的とする封じ込め政策」を提唱した。
 国務省政策企画部長として、封じ込め政策の具体策作りに当たり、48年には占領下の日本を訪問。日本の共産化を防ぐことがアジアでのソ連の影響力阻止に欠かせないと判断し、帰国後の報告書で対日経済援助や賠償見直しを提言した。
 ケナン氏は、52~53年にソ連大使、61~63年にユーゴスラビア大使を務め、その後はプリンストン高等研究所で研究生活に入り、晩年まで提言を続けていた。

 ジョージ・F・ケナンは、雪斎にとっては、「面識を得ることのなかった師」である。ケナンが体現した「思慮と中庸の現実主義」は、雪斎の国際政治認識の最も根底のところに染み入っている。ケナンは、様々な言葉を遺したけれども、その中でも有名なのは、「外交は、機械工の手法ではなく庭園師の手法でやるものだ」というものである。実は、多くの場合、外交に不慣れな国々は、「機械工」の手法で外交をやりたがる。島根県議会で「竹島の日」条例が制定されたのを機に、対日関係を調整し始めた韓国政府の対応は、余りにも直接的なものであるが故に、日韓関係全体を見通すことのない近視眼的なものに堕そうとしている。翻って、「庭園師」の仕事は、近付いて見ていると「何をしているのか」が判らないという側面が多分にあるけれども、庭園を全体として観れば、その意味が浮かび上がるというものであろう。日本がたとえば対韓関係や対朝関係に抱える問題に際して、「直接的な対応」を採るのは、賢明なものではない。国際社会の中で日本が相手にしなければならないのは、韓国や北朝鮮だけではない。北朝鮮情勢に関していえば、北朝鮮に単独で制裁を発動するという「城に直接に火を掛ける」挙に出るよりは、国連安保理に付託して「外堀や内堀を埋める」仕掛けを作ったほうがいい。外交における「庭園師」的手法とは、そうしたものなのである。
 雪斎も、この一両日、ケナンの冥福を祈りながら、ケナンを追悼する論稿を用意したいと思う。

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