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February 12, 2005

対北朝鮮政策のデ・ジャ・ヴー

■ 今、雪斎の手元には一つの新聞記事がある。記事の全文は次の通りである。
 

米国のP国防長官とA防衛庁長官は二十一日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑をめぐって緊張する朝鮮半島情勢に関して、日米防衛首脳会談を行った。この中で、両国は日米安保体制堅持と国連が北朝鮮への経済制裁を実施した場合に日米韓三国が協調姿勢をとることで一致。そのうえで、A長官は「憲法の枠内で、場合によっては、法制度を変えることも含めて取り組む必要がある」と明言。同時に「今、新しい政府を作る前に明確にしようとやっている」と述べ、政府が現段階での対応策を確約できないことへの理解を求めた。
 会談は、午後八時から約二時間半、都内のホテルで夕食をともにしながら行われた。この中で、P長官は「北朝鮮の核兵器開発を阻止するためには国際社会が対話の窓口を閉ざしてはならない」と提言。しかし「外交努力に失敗した場合は国連安保理が制裁を検討するのはやむを得ない」と述べた。

 この記事は、『毎日新聞』(1994年4月22日付)に「日米防衛首脳会談で日米韓の結束確認 A長官『法制変更も』-北朝鮮核問題」という見出しで載ったものを元にして、雪斎が長官の名前を伏字にする修正を施したものである。この元の記事には、A長官が「愛知和男長官」でありP長官が「ペリー長官」であると明記されている。
 同日の『読売新聞』は、「『北』制裁問題 国内法整備、前向きに 愛知防衛長官が米国防長官に表明」という見出しで会談の模様を次のように伝えている。
 

米国のウィリアム・ペリー国防長官が二十一日来日、早速同日夜、都内のホテルで愛知和男防衛庁長官と夕食をともにしながら約二時間、会談した。
 愛知長官は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑に関し、国連安全保障理事会の制裁が実施された場合に問題となる海上阻止行動の支援や、米軍への燃料補給などについて、「憲法の範囲内で責任ある対応をとる。場合によっては法制度を変えることも含めて取り組むことが必要になるかもしれない」と述べ、関連国内法の改正について前向きに検討する考えを明らかにした。
 一方、ペリー長官は「あくまで外交的解決を求めて対話の窓口を開くことが重要」としながらも、北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)の追加査察を受け入れない場合は、国連安全保障理事会が経済制裁に踏み切らざるを得ないとの見解を表明した。
 また、両首脳は日米安全保障体制が果たしている役割の重要性を再確認し、安全保障面での連携強化が両国の信頼関係を維持するうえで不可欠との認識で一致した。
 ペリー長官の来日は就任後、初めて。同長官は来日に先だって韓国を訪問し、李炳台国防相らと北朝鮮の核開発疑惑問題をめぐる対応策を協議した。
 この日の会談には米国側からウォルター・モンデール駐日大使らが、日本側からは畠山蕃防衛事務次官らが同席した。日米防衛首脳会談は来月上旬にもワシントンで行われる予定。

 雪斎は、当時、政策担当として愛知長官に仕えていた。当時のことを振り返って忘れられないのは、ペリー長官来日の直前に愛知長官から連絡が入り、「日本が何をしなければならないかを官僚組織を離れた立場で自由に提案せよ」と指示されたことである。「本来、何をしなければならないか」と「実際に何ができるのか」を検討したレポートを提出した。詳細は、「墓場まで持っていく話」の類になるけれども、結論としていうならば、「本来は武力行使以外は何でもやらなければならないけれども、実際にできることは、かなり限られている」というものであった。もし、この時点で実際に制裁発動という域にまで事態が進んでいたならば、日本政府は、「超法規的措置」の連発で切り抜けざるを得なかったかもしれない。「肌に粟を生ぜしめる事態」は、間近に迫っていたのである。雪斎は、この仕事を機に、「安全保障政策コミュニティ」の中で認めてもらえるようになった。雪斎は、その一年半後に書いた論文で全国紙主催の懸賞論文大会で賞をもらい、言論家として「離陸」することになった。「愛知・ペリー会談」の事前レポートは、雪斎にとっては、「秀吉の墨俣一夜城」のようなものであったに違いない。雪斎に批判的な人々の中には、「何故、〇〇(雪斎の本名)は対朝政策にも口を出すのか」と訝る向きもあるようであるけれども、雪斎の「政策屋」としての出発点は、対朝政策を考えることであったので、そのような批判は「無価値」だと思っている。
 一昨日、北朝鮮政府が「核保有」を宣言したことは、波紋を投げ掛けている。この宣言それ自体が「騒ぐに値しない」ものであるのは、昨日も書いた通りである。しかし、十余年前と同じように、北朝鮮問題の国連安保理付託―安保理での経済制裁決議採択ー制裁発動という流れができたとしても、現在の日本政府は、それほど右往左往することもなく対応できるのではないか。というのも、現在の日本政府は、十余年前とは異なり、「武力行使以外は何でもやる」ための法制上の枠組を既に手にしているからである。今後、北朝鮮情勢が進展しないということになれば、先ず国連安保理付託が模索されるべきであろう。「デ・ジャ・ヴー」の感覚が残る情勢には、割合、安心して対応できるものである。この方針は、日本単独の制裁発動によって「未だ視たこともない光景」を出現させ、それへの対応を迫られるよりも、遼かに賢明なものであるはずである。

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