ニコロ・マキアヴェッリの肖像
■ 当ブログの最も目立つところに掲げたのは、ニコロ・マキアヴェッリの肖像である。このマキアヴェリの肖像が実際の雪斎の肖像と雰囲気が似ていると口走ったら、それは、ほとんど「ああ、勘違い」(今時の女子高校生ならば『ありえなーい」』とでも言うのだろうか)と笑われる自己満足,、自己愉悦の類であろう。とはいえ、昔日の多くの武芸者が自らを塚原ト伝や上泉秀綱、あるいは伊藤一刀斎の後継だと思っていたように、現在、特に「政治的リアリズム」の徒を任ずる幾多の政治学徒にとっては、マキアヴェッリは、紛れもない「師」である。
マキアヴェッリは、近代政治学の祖と称されているけれども、カール・フォン・クラウゼヴィッツ、アルフレッド・セイヤー・マハン、さらにはリデル・ハートといった「近代戦略家」の源流でもある。"Makers of Modern Strategy from Machiavelli to the Nuclear Age"という書は、後に防衛大学の関係者が邦訳を刊行しているけれども、その筆頭に収録されているのは、マキアヴェッリに関する論稿である。また、過日の当ブログ記事「政策提言の『作法』」でも買いたように、マキアヴェッリは、雪斎のような「政策提言」を主な活動とする知識人の「原型」のような人物である。様々な意味において、マキアヴェッリは、雪斎の大元の「師」である。
因みに、雪斎は、北海道大学時代、マキアヴェッリを勉強していた折に、次の三つを同時並行で読んでいた。
① 『マキアヴェッリ』(中公バックス)
② 佐々木毅『マキアヴェッリの政治思想』(岩波書店)
③ 塩野七生『わが友、マキアヴェッリ』(中央公論社)
①は、『世界の名著』シリーズの一冊として出されていたものであり、『君主論』と『政略論(ディスコルシ)』のニ著が収録されていた。『君主論』は今でも当たり前のように入手できる一方で、『政略論』の入手が難しいことを考えれば、この書は貴重であったと思う。
②は、東京大学総長・佐々木毅先生の若き日の研究書である。①のような書を読みこなそうと思えば、きちんとしたリファレンスを手元に置く必要があるけれども、雪斎にとっては、②はそうしたリファレンスであったのである。ところで、余談であるけれども、佐々木先生は、雪斎にとっては「足を向けて寝られない人物」の一人である。雪斎は、東京大学時代に佐々木先生のセミナーに参加していただけではなく、佐々木先生から「推薦状」を頂いて「永田町生活」を始めた。人間の「縁」とは不思議なものである。
③は、「マキアヴェッリとは、どういう人物であったのか」を垣間見せてくれる小説である。この書の中では、マキアヴェリの妻が、生まれたばかりの子供について「この子はあなたに似ている」と書き送ったというエピソードが紹介され、塩野さんは「妻の愛情はホンモノだ」と評している。こうした息遣いに触れられるのは、小説ならではというところであろう。因みに、この書が後に中公文庫に加えられたときに巻末の「解説」を執筆していたのが、佐々木先生であった。政治学の本流の研究者が「小説」の解説とは、これいかにという評があったようであるけれども、マキアヴェッリという「人間」を描き「思想」を研究した二人の人物のツー・ショットは、雪斎には壮観であった。塩野さんには『マキアヴェッリ語録』という書があるけれども、これは、「マキアヴェッリ入門」としては格好のものであろう。
最後に書き残しておくべきことは、マキアヴェッリの臨終の言葉が、「私は我が魂よりも我が祖国を愛する」だったということである。最近、「国を愛する」ということが声高に語られる嫌いがあるけれも、マキアヴェッリならば、「そのようなものは内に秘めながら、事に当たれ」とでも言うのではなかろうか。これもまた、「現実主義者」の流儀の一つなのである。
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- 士為知己者死、女為説己者容。(2005.03.01)
- 『中央公論』「時評2005」原稿・#4(2005.03.11)
- ニコロ・マキアヴェッリの肖像(2005.02.15)
- 『論座』に寄せた原稿(2005.03.06)
- 「雪」と「金」の話(2005.03.05)













Comments