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February 23, 2005

続・「富」と「道」

■ 近年、「セレブ」という言葉を、頻繁に耳にしている。一般的には、「セレブな奥様の優雅な生活」というような言葉で使われる。女性誌や民放のワイドショーなどは、そうした「セレブな女性」を取り上げていたりする。ただし、そうした女性が「人間として立派な女性」であるかは、別の話である。

 米国流の「資本主義」を批判する人々は多い、しかし、米国の資産家は、富を手にする一方で同等の「社会還元」を積極的に行っているという事実は、見落とされるわけにはいかないであろう。「鉄鋼王」アンドリュー・カーネギー、「石油王」」ジョン・D・ロックフェラー、「鉄道王」コーネリアス・ヴァンダービルトといった米国の産業史を彩る偉材の名前は、今では「カーネギー・ホール」、「ロックフェラー平和財団」、「ヴァンダービルト大学」といった公益事業の枠組を通じて残っているのである。
 下掲の論稿は、昨日紹介したものに続き、雪斎が七年前に書いたものである。現在、日本では経済学や経営学を教えている大学は多いのかもしれないけれども、「富」と「道」を教える機会は、どれだけ用意されているのであろうか。本来、教えられるべきことが教えられないのは、別段、義務教育だけとは限らないようである。

■ 続・「富裕階級」を復活させる意味
 ◆資産家の登場する背景
 去る七月十六日付の本欄において、私は、今後の我が国に「富裕階級」を適正に復活させる要を提起した。そして、私は、「富裕階級」を復活させる観点からも、特に所得税、相続税、法人税を劇的に軽減する施策が大事であると述ベておいた。事実、一八七〇年代前半、米国では、南北戦争に伴う戦費調達を目的として実施されていた所得課税が廃止され、そのことが、アンドリュー・カーネギー、ジョン・D・ロックフェラー、コーネリアス・ヴァンダービルトといった資産家の登場する背景となった。「鉄道王」と称されたコーネリアス・ヴァンダービルトの例でいえば、彼の資産は、所得税廃止前後の十五年間で一挙に十倍の一億五百万ドルに膨れ上がっている。所得税の軽減は、確かに「富裕階級」の復活を促すことになるのである。
 ただし、私は、「富裕階級」を復活させることの意義について、先月に発表した原稿で十分に論じ尽くしたわけではない。そこで、私は、このことについて改めて議論を進めてみたい。
 戦後、我が国における諸々の国内施策の前提は、端的にいえば、「福祉国家の建設」であった。従来、多くの国民は、国土開発、産業振興、民生安定といった自らの生活の細目に関わる様々な領域で「国家の役割」を過剰に期待し、国家もまた、その期待に過剰に応えようとしてきたのである。現在の段階で「富裕階級」を復活させることの意義とは、それを通じて、この「福祉国家」信仰の呪縛から離れるとともに、適切な「国家の役割」の有り様を仕切り直すことである。「富裕階級」の復活という議論に対しては、「貧富の格差を増大させる」という批判は、当然のように予測できるのであるし、事実、「福祉国家」の発想に基づく諸々の施策は、そのような「貧富の格差」を均す役割を果してきた。しかし、私が問い掛けたいのは、社会の中での「富の還流」という点に関して、従来のように国家に過剰に依存した有り様を今後とも続けることが、果して賢明なのかということである。
 ◆「富の還流」の有り様
 私は、この「富の還流」という点に関しては、「富裕階級」を復活させた上で、その「富裕階級」に属する人々によって行われるのが、適切であると考えている。「富裕階級」には、その経綸、関心、あるいは趣味に基づいて、学術助成、芸術振興、慈善活動、あるいは地域の社会資本整備といった公益事業を通じて、社会に対する「富の還流」を行うように期待する。このようにすれば、「富の還流」の有り様は、実に多彩なものになるであろう。先に触れたコーネリアス・ヴァンダービルトもまた、その資産を基に創設された大学を通じて、その名を現在にも留めている。そして、資産を築いた人々が次に名誉を願うのは人の世の常であり、資産は墓場に持って行ける代物ではないならば、この「功名心」も大事にされるべきものなのであろう。
 無論、このような諸々の公益事業に示される「富の還流」は、従来、国家や地方自治体が行ってきたのであれば、別段、「富裕階級」に請け負わせる必要もないという反論も、あるであろう。しかしながら、国家や地方自治体による「富の還流」は、結局のところ、行政手続を経る関係上、「無難にして顔の見えない」ものになりやすい。たとえば周囲からの援助を欲する無名の画家がいたとして、彼にとって手にできる可能性が高く、そして恩義を感じられるのは、税金による公的助成と「富裕階級」による援助の何れであろうか。おそらく、後者であろう。学術や芸術といった文化の振興には、行政手続というものは、本来、馴染まないものであるかもしれない。
 ◆富裕になりたい思い
 「みずから物事の理非を弁別して処置を誤ることなき者は、他人の智恵によらざる独立なり。みずから心身を労して私立の活計をなす者は、他人の財によらざる独立なり」
 福澤諭吉は、その著『学問のすすめ・第三編』の中で、このような有名な言葉を残している。私は、国家が国内政策として行うべき事柄の原点とは、この福澤の言葉にも示される「独立自尊」の気概を支えることに他ならないと考えている。人々は、「私立の活計」を為すとともに、そのことによって得られた資産を基にして、「物事の理非を弁別し」つつ、公益に奉仕する。これが、富裕になりたい思いを実現した人々の振る舞いとしては、真っ当な有り様に違いないからである。
 目下、経済再生が我が国の取り組むべき最重要課題であると内外から位置付けられ、そのための具体的な努力が既に始められている。けれども、この「独立自尊」の気概を支えるという原点が適切に踏まえられない限りは、いかなる施策であれ、歪んだものにしかならないのではなかろうか。現下の経済低迷は確かに試練ではあるけれども、私には、二十歳、三十歳代の若年世代の中に、「日本で幾ら頑張っても、自分はビル・ゲイツにはなれない」という雰囲気の漂っていることの方が、問題としては遼かに深刻であるように思える。この際、われわれには、当面の苦境に幻惑されることなく、「何のために国家による施策があるのか」ということを冷静に見極めるのが、大事なのであろう。
   『産経新聞』「正論」欄(1998年8月20日付)掲載

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Comments

 ライブドアの株価の行方については、下がるか否かも判らない思っていました。今回の発表がある以前は。
 ライブドアがTOBにより50%超の持分を得た場合、フジテレビに業務提携が断られたとしても、ニッポン放送の保有しているフジテレビ株を売却し、ニッポン放送が自社株買いを行えば、一株当り企業価値は増し、ライブドアに損は無い。いずれにしろ歪んだ資本関係に目をつけたライブドア・リーマンの勝ちであると考えていました(もちろん、フジサンケイグループとのシナジーが無くなったニッポン放送の企業価値については別途考慮しなければなりませんが。)。
 ところが、ニッポン放送が大規模な希薄化を伴う新株割当を発表、ライブドアが50%超を保有する可能性は無くなりました。フジテレビは既存株主の損を無視し、歪んだ資本関係を強引に直そうとしています。
 これでライブドアの負けです。50%超を有すことができれば資金調達に見合ったリターンが得られました。しかし、今回、ニッポン放送株は増資による希薄化のために大幅に株価が下がり、ライブドアはニッポン放送株について損を抱えることになるでしょう。株式市場で最も嫌われることの一つが、利益や目的が無いエクイティファイナンスです。ニッポン放送株によって損が発生することになったライブドアの株価の行方は厳しいものとなるでしょう。
 雪斎さま、ご質問いただいた株価の行方についてレスをしようとしたら、このニュースが発表されました。タイミングが悪く申し訳ありません。
 また、前回のコメントが挑戦的になってしまったことについても精進が足りないと反省しております。憤兵は敗れるを頭に入れ、冷静でありたいと思います。

Posted by: ao@株式マーケット | February 23, 2005 10:46 PM

>ao殿
誠に詳細なコメントを有り難うございます。
「後日談」にも書きましたが、「戦争と恋愛においても何をやっても許される」という言葉通り、フジサンケイグループも「反転攻勢」を仕掛けたのだろうと思います。ここまで大々的にやるとは思いませんでしたが、ホリエモンさんが「法廷闘争」に持ち込んだところを見ると、彼もビジネス・ベースでは勝てないということを自覚したのでしょうね。
さて、今日の相場は急激に戻しましたね。
拙者は大手鉄鋼会社株と非鉄金属会社株のホルダーなので、今日はホッとしました。

Posted by: 雪斎 | February 25, 2005 03:20 PM

 今回の件は「戦争」だったのですね。
 株式市場とライブドア(と私)はライブドアVSフジサンケイGr騒動を資本の論理というルール下の「経済活動」と考えていたのでしょう。しかし、フジテレビ及びメディアは公益性への挑戦という形で「戦争」と考えたのですね。「経済活動」と「戦争」。ライブドアが負けるのは当たり前です。
 今回の件、金融業界とメディア業界の反応も全く異なり不思議に思っていたのですが、手がかりを得たように思います。これまでのご丁寧なご返答ありがとうございました。

Posted by: ao@株式マーケット | February 26, 2005 10:54 AM

>ao殿
少なくとも、フジサンケイグループ経営陣は、「戦争」だと思っているはずです。メディア業界の経営陣は、どちらかといえば政治学・法学系の大学出身者が多いはずです。拙者もそうですけれども、そうした人々にとっては、自分に不利益を負わされるような他社の挑戦は、「宣戦布告」という戦争のアナロジーで受け留めやすい。この認識の仕方は、普通のビジネスの世界の人々の感覚には会わないでしょうね。

Posted by: 雪斎 | February 26, 2005 11:52 PM

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