コリン・パウエルの涙
■ 昨日に提出するはずであった『中央公論』来月号の「時評2005」原稿が、午前中に脱稿する。四百字詰原稿用紙四枚半という分量の文章を書くのは、塑造作業にだいぶ、似ている。「ここに粘土を貼り付けて…、削って…。また貼って…、削って…」の連続である。文筆をコンピュータのディスプレイの上で行うようになると、この「貼った削った」の作業が簡単にはなったけれども、際限なく続くようなものにもなった。というのも、千八百字という紙幅の中では、一つの事柄を突き詰めて書こうとすると、途端に文章全体のプロポーションが崩れてしまうからである。雪斎は、「冒頭だけが詳しく結論は淡白に終わる」というようなプロポーションの悪い文章を書きたくない。エリック・ホッファーも、「平衡感覚(sense of proportion)がなければ、よい趣味も、真の知性も、おそらくは道徳的誠実さもありない」という言葉を残しているではないか。雪斎にとっては、「全体のプロポーションを崩さずに、論ずべきところは意を尽くして論じている文章」が、「いい文章」である。ただし、そのような「いい文章」を書くのは、何時も難しい。
因みに、話は変わるけれども、美女の絶妙のプロポーションとされているのが、かのマリリン・モンローの 「B90、W61、H90」だそうである。これに引き寄せて考えれば、「いい文章」は、「美しい文章」でもある。雪斎も、精進して「美」を創造せねばと思う。
■ 未明、ジョージ・W・ブッシュの二期目の大統領就任演説をNHK総合で視聴する。この件に関する所感は、あらためて書くことにしよう。
ただし、どうしても触れておかなければならないのは、「コリン・パウエルの涙」である。『読売新聞』記事は、「パウエル国務長官、涙の退任演説…成果と無念が交錯」という見出しで次のように伝えている。
【ワシントン=菱沼隆雄】第2期ブッシュ米政権の発足を翌日に控えた19日、パウエル国務長官は国務省で退任演説を行い、同省の職員らに別れを告げた。
対テロ戦の成果や中露との関係改善など4年間の外交成果を次々にあげていくなかで、欧州の同盟国の反対を振り切る形で踏み切った対イラク戦については、「独裁政権を打倒した」と簡単に触れただけ。国際協調を重視したブッシュ政権を代表する穏健派の告別の辞は、成果を誇るだけでなく無念の思いをもにじませたものとなった。
退任演説の行われた国務省正面玄関ロビーには、同省高官から食堂従業員まで長官との別れを惜しむ数百人が集まった。「私は40年の公僕としての生活に幕を下ろす」。演説が終盤にさしかかるとパウエル長官は涙で声を詰まらせた。
ブッシュ政権内では、強硬派のラムズフェルド国防長官やチェイニー副大統領とイラク問題や北朝鮮の核問題への対応をめぐってことごとく対立。統合参謀本部議長を含め、35年が軍隊生活で戦争の惨禍を知るパウエル長官は、戦争という選択肢にはギリギリまで反対した。
バウチャー報道官によると、退任演説後、執務室に戻った長官が、電話で退任挨拶をしたのが、イラク開戦反対の急先ぽうだった仏独露の3外相。「最後まで同盟国との関係改善を願う長官らしい去り際」(同省高官)との声もあった。
『朝日新聞』記事は、同じ光景を次のように伝えている。
パウエル米国務長官は19日、国務省職員たちを前に離任のあいさつをした。その中で「辛抱強い外交」が4年間に多くの成果を上げたと強調、在任中の成果を誇った。職員たちには「私の兵士だった」と呼びかけ、元軍人らしい表現で労をねぎらった。「長官」ではなく「将軍」と呼ばれることもあったパウエル氏らしい別れの辞となった。
パウエル長官は、4年間に「誇るべきものが多い」として、北大西洋条約機構(NATO)の拡大、ロシアとの戦略攻撃戦力削減条約の締結、中国との関係改善、インド・パキスタン関係の修復、アジアの同盟諸国との関係強化などを挙げた。
その際、ロシアや中国とは時間をかけて協議して問題を解決に導いたと指摘。「辛抱強い外交」が功を奏したと述べた。また、アフガニスタンとイラクから独裁政権を駆逐したと「対テロ戦」の成果を強調。ただし、両国の民主化は「難しい仕事」と認めた。
長官は米国の外交官を「米国の価値観の配達人」と呼び、「説教をしたり押しつけたりするのではなく、民主主義が人々により良い生活をもたらすのだと示すことが君たちの任務だ」と明言した。先制攻撃も辞さないブッシュ・ドクトリンや国連軽視の単独行動主義よりも国際協調路線を重視する姿勢が目立った長官らしく、米国人外交官たちの活躍で中東をはじめとする諸地域に民主主義が根づくことへの期待を込めた。
最後は声を少し詰まらせながら「私は兵士であり続ける。陸軍に35年も勤めて、もう兵士ではないなんて言えない」。話し終えると左手の人さし指でサッと涙をぬぐった。
このパウエルの様子は、実に「浪花節」的である。以前、『溜池通信』では、日本、米国、英国は、「浪花節」の感覚を共有する国民だという指摘が、為されたことがあったけれども、「パウエルの涙」は、そのような指摘を思い起させてくれるものであった。
パウエルの足跡に関して大事なことは、「戦争の現実を知る生粋の軍人であるが故に、平和主義的である」ということの意味を特に日本の人々に知らしめたことであろう。日本では相変わらず「戦争は軍人が始める」と考えている人々が多い。しかし、実際には、戦争を始めるのは、何らかの国民的な不満を代弁する知識人であり、それを煽るメディアであり、それを利用しようとする政治家である。現在の自衛隊でも、特に指揮官級の人々は、自らを統制する「政治」の側に対して、部隊の運用に際して慎重にして常識的な判断を求めている。民主主義国家の武官とは、そのようなものなのである。
そして、雪斎は、極東の同盟国の片隅から、去り行く「老兵」の労を称えたい。
「将軍、長年の御職務、誠に御苦労様でした…。私は貴官のファンでした」。
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Comments
偉大なるコミュニケ―ター、パウエル涙の演説はこちらをご参照。
http://www.state.gov/secretary/rm/2005/41005.htm
Posted by: かんべえ | January 22, 2005 04:24 PM
>かんべえ殿
有り難うございます。
ですが、既に読んでいました。
Posted by: 雪斎 | January 22, 2005 05:13 PM
失礼しました。
でも、わざわざ翻訳してくれた人がいるのはご存知ないでしょう。
http://bewaad.com/20050121.html
Posted by: かんべえ | January 23, 2005 10:37 AM
〉かんべえ殿
有り難うございます。
いやはや、感服仕りました。
Posted by: 雪斎 | January 23, 2005 11:06 AM
ご覧いただきありがとうございます。しかしさすがは超大国アメリカ、歴代国務長官にはあまりはずれがありませんよね(特に共和党政権時)。最近で言えば、ブッシュ父が選挙に負けたとき、彼本人はともかく、ベイカーが国務省を去るのは残念に思ったものです(笑)。
Posted by: bewaad | January 23, 2005 02:42 PM
雪斎先生のblogで私的なやりとりをすることをお許しください。
>bewaad様
いつもHPを拝見いたしております。「共有地の悲劇」第9幕で「お役人もつらいよねえ」と思いました。今回の訳文を拝見すると、ほとんど求道者の世界です。なんとなく、学者と似ている部分があるんだなあと思いました。ただ、私のようにたいていの学者は世間では通用しないので、民間に就職する機会費用が、公務員になる方よりはるかに低いと思います。その意味では、キャリアを目指す方は本当に変わっていると思います。あ、雪斎先生は別格です。つくづく自らの無能さに恥じ入ります。
Posted by: Hache | January 23, 2005 08:57 PM