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January 03, 2005

正月も三日目…

 ■ この数年、正月にやることといえば、大作映画を観るものと相場が決まっている。昨日深夜から今日未明に掛けては、ルキノ・ヴィスコンティの『ルートヴィッヒ・神々の黄昏』が放映されていた。ルキノ・ヴィスコンティは、中世にはミラノを支配し、ローマ教皇をも輩出した名門貴族の末裔であり、この作品は、ヴィスコンティらしい「退廃」「美」「絢爛」の作品である。雪斎は、こういう作品世界には強く惹かれるものを感じている。次は、あらためてヴィスコンティの傑作『ヴェニスに死す』を観なければと思っている。「ヨーロッパ」を理解するためには、これらは大事な作品であろうと思われる。

 ■ もう一つ正月恒例のことになったのが、全国紙六紙の「元旦社説」の読み比べである。今年のライン・アップは下の通りである。
  『読売』「『脱戦後』国家戦略を構築せよ…対応を誤れば日本は衰退する」
  『産経』「【主張】歴史の大きな流れに思う 保守に求められる創造的挑戦」
  『朝日』「2005年の始まり――アジアに夢を追い求め」
  『毎日』「戦後60年で考える もっと楽しく政治をしよう」
  『日経』「戦後60年を超えて(1)――歴史に学び明智ある国際国家めざそう」
  『東京』「年のはじめに考える この国にふさわしい道」

 上の六社説の中で雪斎が「共感」を感じた度合いで格付けすると、Aが読売、日経、B+が毎日、B-が朝日、Cが産経、東京である。雪斎が産経社説にCを付けたのは、「年頭社説に『保守』云々と同人誌みたいなことを書くな」という想いがあるからである。雪斎は、巷では保守論客として目されているところがあるけれども、常々、「やあやあ、我こそは保守論客なり」といった面持ちで論陣を張る一部の論客には怪訝の眼差しを向けてきた。そうした論客の中には、「やあやあ、我こそは、真正の保守論客なり」と言い募る人々も出てくる。そのような傾向は、保守論壇における「自己愉悦」と「狭隘」を加速させているのである。産経社説は、自ら「保守主義者」などと自己規定するはずもない市井の人々には、誠に奇異なものであるだろう。この社説が保守論壇という内輪での納得を得るために書かれたものであるならばともかくとして、広く市井の人々に訴え掛けるために書かれたものであるならば、その用を為してはいまい。これは、保守論壇の「蛸壺」化を象徴するような代物である。雪斎は、東京社説にもCを付けたけれども、そこには、余りにも定型的な「平和主義」感情の発露が見られる。東京社説は、「武力を使わない新しい国際的な秩序づくり-日本にふさわしく、より現実的な役割ではないでしょうか。『戦後零年』に還(かえ)った元旦、あらためて思います」と締めくくっているけれども、それは、戦後六十年の時代の変化を真正面から見ていない議論であろう。戦後六十年が「戦後零年」に還ったという時代認識それ自体は、そのような思考停止を象徴的に示している。

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Comments

産経は戦後60年を振り返って「勝って兜の緒を締めよ」「次なる敵は内なり」という主旨ということですかね。保守って戦う相手(進歩)がいてこそ光るものですからね。「オレ保守だもんね」的な言論が輝きを失うのは当然ですよね。

Posted by: kenboy3 | January 04, 2005 at 01:58 AM

「今ふたたび、あの高貴な精神を取り戻すことこそ保守主義者に求められる喫緊の創造的挑戦ではないか」。産経社説の一節です。これは、誰に向けて書いているのでしょうか。産経は、二百万部が出ているようですが、これを読む人々が総て「保守主義者」とでもいうのでしょうか。こういうところは、産経が「幅」を持てない理由でしょう。これよりは、読売、日経の社説のほうが、余程、「保守主義」の感性を感じさせます。「オレ保守だもんね」的言説には、雪斎は信を置かないことにしています。

Posted by: 雪斎 | January 04, 2005 at 02:37 AM

内ゲバをしたがるるような人は、保守主義者と呼んじゃいけませんよね。米共和党もその辺は大人だと思います。

ヴィスコンティは大学時代によく見ました。
欧州をいちばん感じたのは「家族の肖像」。
ハチャメチャだったけど面白いのが「地獄に落ちた勇者ども」
若々しい感性がみなぎっているのが「郵便配達は二度ベルを鳴らす」
これぞ絢爛豪華なのが「山猫」、キリスト教がからんでくるのが「イノセント」、趣味に走ってしまったと思しき「ベニスに死す」。
「ルードヴィッヒ」は期待が強すぎたためか、風景がキレイだった以外はあんまり印象に残っておりません。今見ると違うのかもしれませんが。

Posted by: かんべえ | January 04, 2005 at 10:40 AM

産経社説、一言で言えば、創造的でない。あれを読んで共感を覚えるのは同紙読者の中でも、「正論」を購読している層でしかないのかもしれません。もう保守だ革新だなどという議論は意味をなさないのに…

Posted by: Y.F@yokohama | January 04, 2005 at 05:12 PM

 日本の知識人というのは、「左」も「右」も「観念のお遊び」が好きですからね。「現実」に立脚して適切な「処方箋」を構築するという「政策思考」ができない人々が、かなりいます。

Posted by: 雪斎 | January 04, 2005 at 05:20 PM

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