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December 28, 2004

今年の論稿・四(完)

 雪斎の対北朝鮮政策に関する考え方は、小泉純一郎総理の第一回訪朝直後、 『中央公論』(2002年12月号)に「北朝鮮を『自滅』や『暴発』に追い込まないために―〈対朝戦略で求められる日本の『現実主義思考』」と題された論稿を発表して以降、何ら変わっていない。この論稿の趣旨は、「フォーリン・プレス・センター」のサイト上で紹介されている。この趣旨だけを読むならば、雪斎の議論は、「アメ」の提供に傾斜したものと解されるかもしれないけれども、実際には、対朝制裁の枠組の準備や国際世論への働き掛けといった「ムチ」の用意の提案も行っている。この論稿は、英語訳が『ジャパン・エコー』誌、韓国語訳が『ジャパン・フォーラム』誌に転載された。特に『ジャパン・フォーラム』誌は、雪斎の議論を「穏健にして冷静な対北政策の提案」と紹介した。ただし、雪斎は、少なくとも対外政策の提案が「穏健にして冷静」を旨とするのは、当然のことであると考えている。「戦争と平和」に絡む国際政治の世界での政策提案に際しては、「やってみなければ、わからない」という発想は、最も厳しく排除されなければならないのである。
 雪斎は、小泉純一郎内閣の「対話と圧力」路線は、概ね順当なものと考えている。小泉第一回訪朝以後、特に保守・右翼層の中では、昭和初期の「暴支膺懲」ならぬ「暴朝膺懲」の気分に浸った議論が席巻しているようである。このような議論は、ただ単に「国民感情」の反映という域に留まるならば弊害も少ないかもしれないけれども、実際の政策を大幅に拘束するようになれば途端に多大な弊害を生むことになる。現在、小泉総理の最も評価される点は、昔日の近衛文麿とは異なり、「暴朝膺懲」の気分に迎合した発言を一切、避けていることなのであろう。
 下の論稿は、雪斎が対朝政策を論じた最新のものである。「今年の論稿」の締めとして書き留めておくことにする。

 ■ 再び対朝経済制裁発動の前提について

北朝鮮による邦人拉致問題をめぐる第三回日朝実務者協議は、十一月九日から十四日まで平壌で開かれ、然程の進展も見られないままに終了した。この結果を受けて、政府・与党内では、対北朝鮮経済制裁の発動が、現実の選択肢として語られ始めている。
 筆者は、対北朝鮮制裁発動の前提は、少なくとも我が国と米韓両国との「協調」が維持されていることにあると論じてきた。ただし、この「協調」が実際に機能するかは、予断を許さない。
 十一月十四日午後、韓国紙『中央日報』(日本語、電子版)が伝えたところによれば、盧武鉉(韓国大統領)は、訪問先のロスアンジェルスで講演し、自衛手段として核やミサイルの開発を進めているという北朝鮮の主張を「一理あると思う」と評した上で、対朝武力行使という選択肢を「交渉戦略における有用性が制約されるだけだ」と一蹴した。また、盧は、対朝経済封鎖という選択肢についても、「決して望ましい解決方法ではなく、不安と脅威を長期化するだけだ」と否定的な見解を示した。これに関連して、十六日午後の同紙によれば、尹光雄(韓国国防部長官)は、年明けに発刊される「国防白書」では、北朝鮮を「主敵」に表記した部分を削除すべきだとの所見を示している。韓国国防部内には、「南北交流が活発化している状況では、北朝鮮全体を主敵に見なすのは適切でない」という声があり、尹の所見も、そのような声と気脈を通じたものであろう。米国では二〇〇二年一月のブッシュによる「悪の枢軸」演説以降、そして日本では同年九月の「小泉訪朝」以降、「悪漢国家」としての北朝鮮像は自明のものとして定着した感があるけれども、韓国は、そのような北朝鮮像を受け容れていないようである。因みに、韓国紙『東亜日報』(日本語、電子版)の二十一日深夜配信の記事によれば、ジョージ・W・ブッシュ(米国大統領)は、チリ・サンティアゴで二十日午後に盧と会談した折、「あくまでも外交的かつ平和的な方法で、北朝鮮核問題を解決していくという点を再度強調する」と述べたけれども、 潘基文(韓国外交通商部長官)は、この発言の趣旨を「米国が北朝鮮に対して敵対政策をとらず、北朝鮮を侵攻する意図がないという点を再確認したものだ」と説明した。「悪の枢軸」演説や「先制攻撃戦略」に象徴されるブッシュ政権の対外政策方針は、「悪漢国家」としての北朝鮮には明らかに大きな心理上の圧力を意味しているにもかかわらず、韓国政府の姿勢は、その圧力を骨抜きにするかのような方向で働いているのである。
 無論、二期目を迎えたブッシュ麾下の米国政府が、どのように「外交的かつ平和的な方法による北朝鮮核問題の解決」という対朝政策方針を実際に切り回すのかは、定かではない。第一期政権内で「思慮深い現実主義」(prudent realism)を体現したコリン・L・パウエル(前米国国務長官)の姿は、もはやない。後任のコンドリーザ・ライスは、パウエルほどには「力の行使」に抑制的な態度を取ることはないであろう。また、邦人拉致問題の解決を含む北朝鮮の人権問題が改善しない場合での対朝援助(人道支援を除く)の禁止、北朝鮮と人権問題を協議する大統領特使のポストの新設、北朝鮮からの亡命者への門戸開放を定めた「北朝鮮人権法」は、既に十月十八日の時点でブッシュの署名により成立している。客観的に見れば、北朝鮮政府が米国政府の「軟化」を期待できる根拠は、誠に乏しいものになっている。その意味では、現在、進行中の「六ヵ国協議」の枠組を生かすことにしか、北朝鮮政府が米国に対する働きかけを行える機会はない。もし、「六ヵ国協議」での対朝説得が不調に終われば、我が国は、この問題を国連安保理に付託すべく、関係各国に働き掛けるべきであろう。筆者は、我が国が対朝経済制裁を発動する時機とは、国連安保理での協議の結果、対朝経済制裁が決議された瞬間であると考えている。北朝鮮に対する「圧力」の枠組としては、このような国際合意を形成していくことが、先決なのである。
 政治という営みにおいては、「力量」、「運」、「必要性」の三つの要件への考慮が大事であると指摘したのは、二コロ・マキアヴェッリであった。そして、マキアヴェッリは、次のような言葉も残している。「加害行為は、一気にやってしまわなくてはならない」。制裁発動は、北朝鮮に害を加える行為に他ならないのであるから、それを実際に手がけるためには、きちんとした時機の見極めが必要になる。我が国は、特別な施策を要請されているわけではないのである。
             『月刊自由民主』(二〇〇五年一月号)掲載

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Comments

賛成です。経済制裁はやるのだったらしっかりやりましょう。しっかりやるためには、米韓中露と一緒にやった方がいい。そのためには、①六者協議内での(何らかの)期限設定と、②国連安保理への付託というタイミングを有効活用したほうがいい。でも、米韓中露と一緒にやるアジェンダは「拉致」だけではありえない。共有できるのは「核問題」ですね。だから、日本国内は「核問題」に関する制裁発動の全体のダイナミクス、タイミングをよく議論する必要がある(でも、こんな議論はとっくの昔からやるべき・・・)。拉致問題は、核問題の段階的解決の中で再びクローズアップされる可能性あり。というのは、日本が外交的ステークホルダーになるのは、大規模経済支援がアジェンダにあがったとき(すなわち、核廃棄プロセスがはじまる第2段階以降)だとすれば、その時に日本の交渉力はもっともあがる。それを狙い済ました方が、私はよいと考えています。

Posted by: kenboy3 | January 01, 2005 at 08:33 PM

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