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December 23, 2004

今年の論稿・一

 今年の回顧をしなければならない時期になった。雪斎は、今年も色々な文章を書いたけれども、最も出来の良かったものとして取りあえず下の一編を書き留めておくことにする。この原稿は、毎日新聞の0氏から依頼された。雪斎は、政治学徒としてジョージ・F・ケナン流の「現実主義」に傾倒するけれども、「現実主義」を「現状追随主義」と誤認する雰囲気の根強い日本では、ケナン流の「現実主義者」であることは難しいことのようである。もしかしたら、コリン・パウエルがジョージ・ブッシュ政権から去ったという事実は、米国でも「現実主義者」は居心地が良くないということを暗示しているのかもしれない。


 ■ シリーズ[(現在)への問い]第1部 平和のつくり方/5 米国の戦争は「理念」に基づく必然か。
 二〇〇四年二月二十日午前、米国プリンストン大学構内、リチャードソン講堂(アレクサンダー・ホール内)では、一つの会合が催されていた。それは、ジョージ・F・ケナン(プリンストン高等研究所名誉教授)が四日前の二月十六日に齢百を迎えたことを祝うためのものであった。ケナンは、冷戦初期、対ソ「封じ込め」政策の立案に主導的な役割を果たした人物として知られているけれども、国務省退官後は、歴史研究と外交評論の両面で精力的な活動を続けた。コリン・L・パウエル(米国国務長官)は、会合でのスピーチの中で、「大きな出来事に立ち会うことで名声を獲得した人々もいれば、まだ結果の出ていない出来事に加わることで有名になった人々もいるし、そのような諸々の出来事を解釈する才能で尊敬された人々もいる。ジョージ・ケナンは、その三つの総てであった」と述べた。そして、パウエルは、国務長官着任時にケナンから「どことなく思いがけず、ぶっきらぼうではあるが、とにかく素晴らしい助言」を記した書簡を受け取り、その返書の中で定期的に助言の書簡を書くようにケナンに要請したことを告白している。米国外交に実際に携わる人々にとっても、それを研究する人々にとっても、ケナンは、紛れもない「最後の賢人」として高い位置を占めていたのである。
 ところで、パウエルがケナンに寄せた率直な敬意の一方で、ケナンは、イラク戦争開戦前、パウエルが身を置くジョージ・W・ブッシュ麾下の米国政府の対イラク政策を厳しく批判していた。ケナンは、久しく米国外交における「単独行動主義」の性格を批判し続けた人物であるけれども、その批判は、「米国が他国の事情に無闇に容喙することへの懸念」に端を発していた。そもそも、米国は、「丘の上の町」を築くという「理想」から出発した国家であるけれども、南北戦争以降の産業発展を経て二十世紀初頭には、そのような「理想」を他国に対して押し付けるに足る「実力」を手にするに至った。確かに、「自由と民主主義」という言葉に象徴される米国の「理想」は、それ自体としては他国の人々の憧憬の対象となり得るものである。ただし、米国の「理想」が赤裸々な「実力」の裏付けを伴って示されたときには、その示され方によっては他国の人々の反感を呼び、その「理想」それ自体に泥を塗る結果を招くことがある。殖民地時代に新大陸に渡ったスコットランド人を祖とするケナンは、米国の「理想」を誠実に信奉すればこそ、そのような結果を避けるためにも、「実力」の行使に際して抑制的にして思慮深くあることを説いたのである。ケナンによるブッシュ政権批判は、そのような持論からは当然のように導かれるものであったし、米国がイラク占領以降に直面する困難を前にすれば、その批判の持つ意味は誠に重いものがあるといえよう。
 ブッシュの再選が成った此度の大統領選挙の過程でも半ば定形のように示されていたのは、ブッシュの「単独行動主義」とジョン・F・ケリーの「国際協調主義」という図式であった。しかし、たとえばイラク戦争に至る過程を眺めてみれば、そこに浮かび上がるのは、「単独行動主義」の性格を喧伝されるブッシュ政権の中でさえ、国際的な合意を得ながら対イラク政策を進めようとしたパウエルの路線と軍事作戦の展開を急ごうとしたドナルド・H・ラムズフェルド(米国国防長官)の路線には、明らかな違いがあったという事実である。そうであればこそ、ケナンは、パウエルを「難しい立場にあってラムズフェルドよりも遼かに力強く自らの声明を打ち出してきた、高い忠誠心を備えた人物」と評し、その外交手腕を賞賛したのである。また、「国際協調主義」の性格を指摘されたケリーにしても、たとえば北朝鮮情勢への対応に際しては、対朝直接交渉の可能性に言及するといったように、「単独行動主義」の傾きから離れているわけではなかった。パウエルの去就を含め、ブッシュ第二期政権の陣容がどのようなものになるかは定かではないけれども、米国外交における「単独行動主義」と「国際協調主義」の相克の風景は続くことになるのであろう。
 我が国を初めとして今後も米国に向き合わなければならない幾多の国々にとっては、その対米政策の本質は、どのように、ケナンが米国国内から説いたような「慎慮」を相応の説得性を伴って求めていくかということに他ならない。たとえばテロリズム撲滅のような課題に取り組むに際して、米国の「実力」の持つ意義は否定できないけれども、それが米国の「理想」に結び付いて「単独行動主義」の性向を暴走させる事態は、避ける必要がある。「単独行動主義」の源泉となる米国の「理想」を共有し、その「実力」に寄り添いながら、「国際協調主義」を可能にする「慎慮」の意義を倦まずに米国に対して説いていく。そのような息の長い努力が、特に我が国のような同盟国には、大事なものになるであろう。
『毎日新聞』夕刊(二〇〇四年十一月八日)掲載

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「新聞に寄稿した論稿」カテゴリの記事

Comments

【祝】ブログ開設!(^o^)/

Posted by: kenboy3 | December 23, 2004 at 07:52 PM

むむっ、Kenboy3に先を越されたか。
ともあれ当ブログの繁栄を祈念いたします。

(ロマンチスト、リアリスト、ってのがイイ!)

Posted by: かんべえ | December 24, 2004 at 09:30 AM

>kenboy3 殿
御来訪、有り難うございます。
>かんべえ 殿
御来訪、有り難うございます。
「かんべえ」の名前は多分「黒田官兵衛」に因んだものと拝察しますので、その向こうを張る形で、こちらは、「太原雪斎」の「雪斎」としました。

Posted by: 雪斎 | December 24, 2004 at 10:12 AM

雪斎さん、プログの開設【祝】です。
社会・政治情勢に感する論説だけでなく、日々思うところと経験を思う存分書いてください。「政策共同体」の「かんべい」さんや「Kenboy3」さんへの反論・対論なども書いてもらうと面白いでしょう。繁栄を祈ります。

Posted by: ssworld | December 25, 2004 at 02:06 PM

ブログ開設、おめでとうございます。
内心、「いつ来るか」と期待しておりました。
私もここにコメントを書けるよう勉強したいと思います。

Posted by: Y.F@yokohama | December 26, 2004 at 12:24 AM

>ssworld 殿
早速、kenboy3氏との議論が始まりそうな雰囲気です。
>Y.F@yokohama 殿
連日の取材活動、大儀に存じます。思い付きを書いてもらえれば、それでいいです。

Posted by: 雪斎 | December 26, 2004 at 12:53 PM

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