July 09, 2009

政治的な立場と人格

■ 人々が、どのような政治上の立場を取るかということは、その人物の人格の反映である。下のような図表がある。これは、『現代政治学入門』(永井陽之助・篠原一共編、有斐閣))という歴とした政治学教科書に書かれていることである。

     「強靭なな心性」  
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 「急進」---------「保守」
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     「柔和な心性」  

 横軸は、物事を観察する視座である。これは説明を要しまい。
 縦軸は、物事に対する姿勢である。「強靭な心性」とは、その成長過程で、様々な欲求の統御の術を上手く体得することが出来なかった人々に多い、故に、外部に対する姿勢は、非妥協的、攻撃的なものになる。「反共の闘士」とか「革命の志士」とかという類の人物は、このタイプに属する。他人を表立って馬鹿にしたり、罵倒するような言辞を吐く人々も、そうすることで不満を解消しようという心理の下にある点では、同じようなタイプである。片や、「柔和な心性」とは、そうした諸々の不満を抱え込む幣から逃れられている故に、他人に対して概ね寛容な姿勢になる。
 芸術や文化の領域では、「精神の若さ」は、間違いなく歓迎される。だが、政治の世界では、それは、克服すべき話になる。マックス・ウェーバーの『職業としての政治』で説かれているのは、そうした政治における「精神の成熟」の意義である。
 この図表の上に、a:共産主義者、b:社会主義者、c:自由主義者、d:保守主義者、e:ファシストをプロットすると、下のようになる。 尚、これらの人間類型は、総て価値中立的で、特段の称揚や罵倒の意味を持たない。

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July 06, 2009

「富国有徳」の地へ

■ 川勝平太先生が静岡県知事選挙で当選されたようである。
 雪斎は、「川勝学説」の信奉者であるので、この知らせは、率直に喜ばしい。
 川勝先生は、十年前、小渕恵三総理のブレーンの役割を果たしていた。政治学畑以外の領域では、雪斎が、最も影響を受けた学者の一人である。
 川勝先生にとっては、富士をモチーフにした「富国有徳」論や黒潮繋がりで「太平洋津々浦々連合」論を具体化させるのならば、静岡は、うってつけの土地柄であろう。静岡県も、よき知事を迎えたといえるのではなかろうか。
 川勝先生は、野党三党の支持を受けたけれども、知事就任以後には全県民的利害を代弁することになるのであろう。川勝先生は、奇妙な政治上のイデオロギーは持たない人物である。かなり柔軟な県政運営をなされるのではないかと思う。政治学上、「自由主義者」は、「保守主義者」に近いし、視座の転換によっては「社会主義者」にもなれるという説明があるけれども、川勝先生にも、そうしたことは、当てはまる。
 川勝先生が、これから長いこと静岡県知事をされるのであれば、雪斎も、伊豆辺りに転居して静岡県民になってしまおうかと夢想する。

 さて、おそらくは、来週の東京都議会選挙も、自民党は劣勢であろう。
 このまま総選挙に雪崩れ込めば、自民党が野党に転落する公算は、誠に高い。
 都議会選挙後に何か起こるかによって、当面の日本の政治の構図は決まる。

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June 19, 2009

「できること」と「できないこと」

■ 雪斎にとって、「永田町」時代の教訓は、何か。
 それは、政治家にとっては、「出来ること」よりも「出来ないこと」のほうが、遥かに多いということである。
 政治家は、「権力」を持っているから何でも出来るというわけではない。むしろ、「権力」を持っているから出来ることは、かなり狭まめれる。オットーフォン・ビスマルクは、政治を「可能性の芸術」と呼んだけれども、それは、政治が『出来ないこと』ばかりの状況下で『出来ること』を敢えて見つけようというする営み」だという意味である。
 こうした現実は、中々、理解されないのではないか。 

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June 15, 2009

「聖」と「俗」

■ 何を考えたか、ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番を聴く。教会の鐘を思わせる出だしが印象的な曲である。
 聴いたのは、下の演奏である。
 ● スヴャトラフ・リヒテル/スタニスラフ・ヴィスロツキ&ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
 ● ウラジーミル・アシュケナージ/アンドレ・プレヴィン&ロンドン交響楽団
 ところで、このラフマニノフのコンチェルト二番というのは、かの辻井伸行さんのレパートリーの一つであるので、結構、認知度が高まっているのではないか。
 ただし、辻井さんの演奏は、雪斎は二十年後に聴きたいと思う。現在、彼のCDやDVDが俄かに売れるようになっているようであるけれども、それが『五体不満足』ブームの再来になるようなことだけは、避けてほしいものだと思う。こういう時節であればこそ、彼には、しっかりと足元を固めてもらいたいものであると思う。
 「盲目のピアニスト」などという下らぬ「話題性」が消えたところで、彼の演奏家としての境地に触れたいものである。
 彼は、「聖」の世界の人間である。

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June 13, 2009

「鳩山太平記」

■ 四半世紀前に放映されたNHK水曜時代劇『真田太平記』は、雪斎には忘れられないドラマである。信州真田家の信之・幸村兄弟の軌跡を描いた作品だった。
 兄弟が政治上、彼我に割れているという様子は、今では鳩山由紀夫・邦夫兄弟の姿に現われているのであろう。

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